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ブログ風「しんじワールド」

なんでもありの気分転換サイト日記。。。
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春の彼岸明け、って云うのは。


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 何十年何百年、自分の部屋に居る分は退屈しないんだけれども、この春の感じ、どうにも外に行こうとするのはなんでだろう。僕の部屋は恒温恒湿、ほんとこの50年、ベンキョウしてきたからなぁ、うふふ。

 ちと気温は低いし北風も強めだが午後のひととき、プチ散歩と称して埃を被ったデジカメを取り出し、約30分の散策だ。


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 あいにく桜はもちっと早かったが芽の「せいのっ」て感じが好いんだね。また植栽の、何と云ったか名前は失念したが、デジカメのオートマクロで写した奇跡の一枚、これはポスタリゼーションとか画像処理の一切をやって居ないで、たぶん太陽光の効果なんだろうね、いい(^_^)。

 で、タイトルの春の彼岸明け、たぶん明日の日曜日だな。春分の日を挟んで前後3〜4日って云うじゃない。

 土俗の信仰心と云ったものに想いを馳せるは。文明の進行との兼ね合いだ。
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2013年03月23日(土) No.4107 (デジタルカメラ)
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身辺雑記。


【暗算その1】
 ツイッターで、とも思ったんだけれどもブログにしたった。なんせ春や春、明日は春分の日。今日19日の、日の出日の入りは5:59/18:05、明日の20日は5:58/18:06、21日は5:56/18:06だ。日照時間をチャチャっと暗算しちゃおうと思うんだがこれが難儀なんだ。

 遠い昔、僕が「さんすう」を覚えた頃と今じゃ〜、パッと見てそもそも概念が違うんだけれども、暗算の正解は新学期を迎える小学一年生に負けるわ。不思議な感じがしちゃうんだけれども其れが面白いんだね。

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♪〜iPhoneのユルキャラ(~_^;)

【暗算その2】
 ヒマにあかせて食事の塩分量を計測してみたんだ。これもなかなか暗算が覚束ない。どれ、検算かぃ。

時間は.....ある。

3月18日(朝食) 塩分量g
0.61 クロワッサン
0.242 ミルク
0.51 チーズ
0.017 トマトジュース
-------------------------
1.38 g

3月18日(昼食) 塩分量g
0.8 おにぎり
2.2 お茶ずけ海苔
-1.1
-------------------------
1.9 g

3月18日(夕食) 塩分量g
1.6 カロリー調整食弁当
1.4 減塩みそ汁
-0.7
0.6 味付け海苔x6枚
-------------------------
2.9 g

一日総計=朝食1.38+昼食1.9+夕食2.9=6.28 g
味付け海苔x6枚余分だったなぁ、ぐふ。


【血圧測定】
 思いたったら吉日って言うじゃなぃ、一週間前の定期通院で二年半に渡り一日一回服用した血圧降下剤を、ドクターと相談して中止したのだが、其れを元通り処方して下さいっといってそうした。調子わりぃ〜訳じゃないけど連日150〜160近くあると何と無く気分良くない(~_~;)。 コレで好いのだ。

 午前中は予約外の病院で、それから薬局。そして帰宅、昼食後に其れを服用した所ゲキテキに正常値に戻ったんだ。凄いもんだね、いわゆるシテキ血圧値だ。
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2013年03月19日(火) No.4106 (ブログ::リハビリ)
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防備録、備忘録。


今日は思い立って脳卒中の発病の日付と、何はともあれその最中に感じて居たコトを確認するんだ。

 時は今から2年3ケ月と19日前、
平成22年、西暦2010年11月11日(木)、時間は確か早朝の4:30頃。釣りキチの舎弟の処に行って陣中見舞いをするつもりが、車を降りるなりヘタヘタと事務所に駆け込んで、椅子に座って、あとは朧げに、救急車から近くの救急病院に運び込まれて、恐らく3日間は救急医療処置をやってたんだと思うが、4日目には初期リハビリと云う事で、なぜか悲愴感とか絶望感じゃなくて、凄いなぁと云う人間のチカラと近代医療の発達を感じてた。

 幸いだったのはその救急病院に、自宅近くの三重大学病院の脳神経外科の若い医師が週に一遍、回診をしてくれてたこと。それは2週間後の転院で、回復期リハビリを行う日本有数の設備とスタッフが揃った榊原温泉病院に行っても、同じく週一回、同じ医師だったのだ。こりゃ〜転院に骨を折って呉れた弟に感謝せずには居れようか。

 2010年11月20日にから、あの頃はauのケータイメールで取り敢えず絵文字だが返信出来るようになった。で、そのメールの送信記録と、じき再開したツイッターのログを参照にしてるので確かな記録なんだ。

 2010年11月26日(金)救急病院から榊原温泉病院に転院。命の恩人である実弟が日を明かさず片道20kmもある病院なのだが来てくれていて、おまけに二日後には散歩がてらに市内のヨットハーバーまで連れってってくれたんだ、もちろん車椅子でだ。

 確か、その前から脳動脈の手術は決まっていたと思ったが、12月1日のことだ。弟ともに近くのショッピンセンターに駐車場にいれた時、空のあまりの眩しさから目を逸らしていると、その現象が襲って来たんだ。脳外科ではお馴染みの「一過性黒内障」だ。で、慌てて病院に帰り安静にしてたんだが病棟詰めの担当医では説明するのに覚束ない。なんせまだ酷い失語症と片麻痺だから、その週の金曜日を待ってあの脳神経外科医の問診を受けたんだ。それで手術は急がねばとなって、MRAやMRIの画像診断が急ピッチになり、年明け早々、三重大附属病院に移転が決まったのが12月下旬。ツイログのその頃の記述を見ると12月27日にはもう、諸々の手術に関しての書類や誓約書が出来ていて、吹っ切れて居り、「やるぞー!」と云った気合いが満ち満ちていたんだ。たぶんその頃は一過性の黒内障でいつ脳梗塞が再発するかと諦め半分だった様にも思えるんだ。

 話は戻るんだか12月3日に病院から、DVDの視聴とキーボードの操作用にノートPCを病室に持ち込んで良いかと伺いを立てると、そりゃ好いリハビリになると言われ、さっそく弟に頼んで自宅よりvista機を持ってきてくれたのがいいんだが、さて、まずWindowsに入るパスワードが脳機能の障害で判らない。で、やってみるもんだね、翌日、確か英文と数字で8文字だったいうことで試行錯誤、半日掛かりでログオン成功。やったね!

 この時期、ケイタイメールの入力が出来ないと云うことを如何に第三者に納得させるのかが難儀あったなぁ。なんせ、平仮名が頭に描いて居る様なコトバじゃないんだもの。却って漢字や英文の書ける筆談の方が便利だと思うに至った。脳の機能は恐れい居る、たぶん漢字や英文はイメージとして記憶されている。しかし血管にステントを入れ、左側の脳動脈がほぼ9割近く回復するまでの2カ月、一日でPT、ST、OT、計3時間、自主トレ1時間、言語宿題1〜2時間のリハビリは、徒や疎かには出来ないのだが、まぁ遅々として捗らないのだがそう云う事なんだ。

 明けて1月11日(火)転院の日、二日後の木曜日13日にカテーテルの検査手術、血管に造影剤を注入して脳動脈の狭窄部分を詳細に血管内部から検査された。部分麻酔なので執刀医二名の声が聞こえる。其れによるとこんなにバイパスが発達したのは見た事が無いと云う事だったので、今更ながらに考えて見ると4〜5年前から狭窄が始まって居たんだね。然もありなん。

 で、後日、脳のMRA画像をまえにして、検査結果と手術の方法を手際よく説明して下さったのだが、なんせ驚いたのは左脳の血流がほとんど流れていないんだ。そしていよいよ21日(木曜日)の手術決行日、意外なほど冷静に手術室に向かったんだが、ひとえに外科医の先生が信頼できるんだと云った感覚。患者が医師の力量を判断するのは恐れ多いと思うが、なんせこの先生は無駄がない、気さく、若い、謙虚と云う事で、これなら万が一事故ったとしても命なんざぁ呉れてやるさ、ってな事を思う余裕があったね。

 午前9:30に手術開始して終ったのが多分11:40頃だ、手術時間としは平均並みだったのだが、終了とともにドクターの呼び掛けに応えて、僕の第一声が早口言葉が「東京特許許可局の局員」、えっ、と云うのでもう一回。よほど言語障害が気になってたらしい。それと手術灯の蛍光灯を指さしながら「眩しくない!」と言ったのをいまだに生々しく覚えている。この手術に至る一カ月半の間、黒内障が頻発してたしその間隔も、手術日に間に合わないかなと考える方が多かっただけに、目がスッキリしたのが余程嬉しかったんだろう。

 大学病院には術後10日間いて傷が回復出来たのを待って再度、榊原温泉病院に転院して3月31日まで回復期リハビリを続けることとなったんだ。


 実は、今日の土曜日、なにげに発症前の当時を思い出したいとブログの記事を読み返ししてたんだが、ちょうどお気に入りの写真入りの物が有ったもんだからブログ記事の転載でお茶を濁そうとしてたんだが、発症9日目にしてauケイタイでのツイート、18日目にしてケイタイメールが残っているもんだから、よし、一つひとつ詳細に書いてやろうとしたんだ。まぁ、長いながい。それで言語障害、失語症のトレーニングの一環ででもなるかな。前には気にすることはなかったんだけども、長文、或いは短文、或いはツイッターの様なものでも「何言ってるのか判んない」と云う事の自作例、になるのかも。

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 タイトルが「続かないもんだ。」なんだが最後に書いたカワハギの話しと写真でどっか行っちゃったんだよね。

---発病五日前、2010年11月06日(土)のブログ記事---
 このところの早起きでなんとなくマットーな社会に生きる人間のようにも感じて有頂天とまでは行かぬが、まぁ気分良くしていたのだが今朝は明け方までDVDなんぞを観てしまい起床したのがもうお昼だ。予報に違わずからっと晴れた秋空で夜更かししてなきゃ絶好の釣り日和といったところだが、部屋いっぱいに広げた釣り道具がまるで整理されておらず儘ならぬもんだなぁと気合をいれて取り掛かる。現地での動作をイメージして小物や仕掛けをスムースに取り出せるようにあれこれ試行錯誤、なかなかまとまらないのだが苦闘10時間、ようやく満足できる道具立てとなった。我ながらたいした集中力でこの間食事はもとより他の事には一切目が行かなかった感じだ。ちらりとニュースやツイッターをのぞくも、興味を持って眺めるときとは大違いでつまらんの一言しか出ない。社会人を卒業してよかったなぁとつくずく思う一瞬だ。

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 夜、久々にカレー料理に挑戦、大ぶりに切った野菜の下ごしらえを終え、オロシニンニクとオロシタマネギをサラダ油で炒めるところから暇にあかせて慎重な火加減で作った「ポークカレー」、もちろん満点の出来栄えだったのだが時間を見るともう夜中の12時を回っている、そんなぁ〜。

 持ち込んだ時には息も絶え絶えだった神前湾からのカワハギがやたら元気になっちまい、時おり倍も体の大きなグレを追い回したりしている。傷付けるところまではいってないが狭い水槽でおっかけっこは良くないなぁと思案中、どうしたもんか。
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2013年03月02日(土) No.4103 (雑感)
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