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ブログ風「しんじワールド」

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マーク・トウェインの生誕176周年。


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 グーグルのトップページのイラスト、折にふれ何気にほのぼのしちゃう物がある。この11月30日はマーク・トウェインの生誕176周年だったと言う事で、なんとこんな横長なイラストだ。

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2011年11月30日(水) No.3931 (文化)
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今年もあと一ケ月。


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 ブログもすっかりサボり癖が付いてしまってもうこんな時期だ。今月はまぁ僕にしては大忙し、この間、一年半ぶりの帰省を果たしたし、その他いろいろ事件という訳じゃあないけれど、前だったらブログ日記に書ききれない程のカツヤクぶりだったね。

 まずは四日に及ぶ北海道の話し、前日の天気予報では旭川に大雪警報だの寒気団が列島を包み込むだのあまり芳しくなかったのだが、そこはそれ、持ち前のお天気オトコの本領を発揮してなにも心配することなく16日の朝8時の高速フェリーに乗った。もちろん弟と同伴でだ。弟は今回は昨年と違い、どう心境に変化があったのかは定かでないのだが、田舎の同級生に会うんだと言う。考えるに僕も同じ頃45年ぶりにその気に成ったことがある。不思議なもんだ。

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 定刻通りセントレアを飛び立った飛行機は西寄りのコースを飛び快晴の中一路北海道へ、まず目にしたのは右に見える富士山だ。なんで富士山が見えるとテンションが上がってしまうのかなぁ。ブログ記事は一気に端折って、レンタカーで生まれ故郷のドライブだ。ずいぶんと道路が整備されているがそこここに記憶に断片に引っかかる物があるもんだ。子供の頃の思い出は三つ年下の舎弟に叶わない、まぁ良く覚えているんだから。

 特筆すべきは兄姉み〜んな元気で其々のお宅で歓待してくれたことに尽きるね。冗談とも本気とも言うんだが、ここ北海道は人の住めるとこじゃないからして、そこに住む人は無条件に脱帽だ、あはは。この4日間、舎弟の持ち前の話し上手にみんな大笑い、特に僕が受けに受けてハラワタが攀じれるほどだったと記録しておこうかな。

 話変わって、今回、舎弟がしきりに気にすることだが兄姉皆のガンの有無。一族郎党にまで質問の矢が及び、ひょっとして遺伝子的にはガンと無縁だと言う事でお開きになったんだが、ここ中京では金さん銀さんの例もあることだし満更夢となっては欲しくないもんだ、ということで気を良くして気温が10度違う中部国際空港に帰って来たんだ。
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2011年11月30日(水) No.3928 (雑感)
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記念日。


 そっか〜、この一年で所謂健康体そのものを失ってしまって365日、あっという間だね。幸い脳卒中にしては症状が軽いと言う事と2ケ月後に脳の血管の狭窄部に「ステント」を入れる外科手術が巧くやって頂いてこの日を迎える事がかなったのは慶賀の至り、ナンデヤネン。

 この日ばかりはブログの記事も神妙に感謝の意を込めてエントリーする筈がここんとこ日記は遠ざかっていて文章が覚束無い。一行二行書くツイッターのせいとは言えないまでも、バタバタしない生活が身に付き出したと思いたいもんだね。

 もう五日ほどで、ひょっとして初冬の季節になる、北海道に釣りキチ弟と旅とするんだ。今回の帰省は、まぁ〜、皆さまに心配かけて済まないというザンゲの気持ちと、ちっとも信仰心は無いんだが神仏に向かって御礼参りということで、楽しみだ。

 ふとさかのぼって去年の11月10日のブログ、アップしてなかったんだ。9日の記事が最終でお二方よりコメントを頂いていた。気を取り直して一年後のいま、RES書いちゃおう。
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 気付けば今日は1の横並びの日。西暦2011年11月11日11時11分11秒、頭の2を取ってしまえば12個だ。まえに注目してたのが平成22年2月22日午後2時22分22秒で2の十個並びだから、今回ほうが上だ、だはっ。

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2011年11月11日(金) No.3923 (ブログ::日記)
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保存。


耄碌爺の防備録

 脳梗塞で寿命を全うしたつもりが昨今の医療の進化で命永らえ新しい人生を歩む物語、のつもりがどうにも一世一代の秘密を墓まで持って行くことを止め、ひとつここでバラしてしまおうと云う訳。。
主人公は満65才、誕生日から数えて四ヶ月後に、近くに住む三歳年下の実弟の所に明け方近く、車で運転して行ったところ呂律が回らないよと云われ、へたへたと椅子に座り込み救急車で最寄の病院に担ぎ込まれたそうな。
 
 その時には、これで寿命かとそれにしちゃぁ、やりたい放題をして長生きだったなぁと感無量だった覚えがあるのだが、こればっかしは流石に発病直後は畏れ多いとばかりに一年近く自分の考えは口にすら出来なかったことだ。

 それからは、2〜3日は良く覚えてないのだけれど、ひっきりなしの点滴で右半身は麻痺しちゃうは酷い失語症は掛かってしまうは右顔面の麻痺からくる、油断すると唾液が零れるはで往生したこと、などなど。入院4日目から手足のリハビリテーションが始まって、たまたま其処には言語リハビリの専門家は居なくて、其れでは三重県ではイチニを争そう良い病院をと、たまたま弟の方に繋がりがあった「榊原温泉病院」に転院することになった。

 二週間目のことである。
 
 なんせ車椅子の世話になってのことでベッドからの出入りは看護婦さんの監視のもとで、市が行う介護認定の判断を治療中の病院まできてやってしまう制度のもと、今から考えるとリハビリのせいか治ったもんだわいと思えるくらい健常者に近くなっている。
 
 ただしリハビリという面ではこの数ヶ月、疑問が吹き出ていてどうも納得がいかない。

 ひとつは右手・右足の麻痺、回復期トレーニングと称して日々メニューをこなしていたが、発病2ケ月のある時点で、視力が頻繁にフラッシュする黒内症(?)の症状が見られた為、ステントを血管内に埋め込み狭窄部に血流を増やしてやろうという手術をして頂いたのだが、それはその手術のあとに起こったことなんだ。

 傷跡の養生のためリハビリを休んでおったが一週間後、リハビリを再開して判ったことだが、握力が20kgから30kgと飛躍的に増加したことなのだ。

 はたして余分なリハビリを行わなかったせいなのか、自然の回復力がそれなりにあったせいなのか判らないが、初期リハビリテーションはともかく回復期は麻痺した筋肉のほうを重点的にトレーニングするとか、これは生半可なことでない。なんせ、微かな希望で莫大な保険料を使わないでほしいは。

 これは現役の頃のアスリートなんかに云えることなんだが、何らかの要因で麻痺した筋肉を回復しようとしてしてトレーンニングに励む姿を想像して見てくださいよ。

 あるいは、指の筋力においては、例えばピアノに向かって一から指使いの訓練をするようなもので、ダイノ大人が叶わぬこと必然なのだ。

 よって、自己責任。あれこれ弱者の身で吠え立てることはせず、

-------っと、ここまでが退院一月後にメモした部分。今日は曇り空の日曜日だし、テレビもおもろぅないので続きを書いてみようかな。

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2011年11月06日(日) No.3922 (雑感)
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