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ブログ風「しんじワールド」

なんでもありの気分転換サイト日記。。。
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♪〜ときには生命(いのち)の息吹を。。試聴!
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ノーベル賞。


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 あぁ〜、今年は4人もの日本人科学者が選ばれたことで、本当に喜ばしく思う、そして改めてこの財団を100年も前に創設されたノーベルという偉人に思いが行ってしまう。
 後年の平和賞などでその選考基準がどったらこったらなんてこともあったが、そんなちっぽけな論議を吹き飛ばすかのような運営をしているというのが素晴らしい、権威というのはこうでなくちゃいけないね。特に自然科学部門では人類に多大なる貢献をしたという一点に絞っているのが万民の共感を呼ぶのだと確信する。まぁ文学賞や平和賞、スウェーデン中央銀行が選ぶ経済学賞なんてのは御愛嬌だ。
 しかしながらこの権威ある国際賞を主催するスウェーデンという国もノーベル賞同様、とても品位を感じる国だ。実験国家などとも云われ高福祉高負担を国民納得ずくでやっているのが凄い。労働人口の33%が公務員であり6%の農業従事者で穀類の自給率120%以上だという。当然闇の部分もいろいろあるとは思うが男女平等と国家福祉が国是のごとくになっているという。正式な国名には王国が付いていて、今は我が国同様に象徴的存在となっているということで、少し日本にも似ている。大きく違うのは、特に福祉についてで、公務員がすべてまかなうことで全ての社会的弱者に手を差し伸べているわけで、いかに公務員がシゴトをしているか解る。我が国とは真逆だ。
 中学生の頃だったか、高福祉で長寿のかの国では自殺者が多いなどと教えられたりしたが、なぁ〜に、いい加減長寿社会になりゃ、中にはもういいやと納得ずくであの世へ行っちゃうのが増えるのは当然なのではないか、とこの頃は思う。
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_サーバー機のチューンナップがほぼ成ったかと思っていた矢先、今度はWindowsの更新パッチが、この10日足らずの間に13件、50Mb分もありしぶしぶとアップデイトした。インストール後、シャットダウンから再起動まで20分以上は優にかかる、その間当然サーバーはオフラインとなるので、あまり気分は良くない。そのあとどうにもPCの動きが鈍いので、再度再度のチューンナップ。3回目くらいでようやくレジストリの修復がなる。

 昨日、予定されていた打ち合わせが延期になっていたのだが夕方電話が来て明日の午後では無理ですかと言われたのだが無理ではないので行くことにした。北千住で待ち合わせといっていたから、少し足をのばして『珈琲パウエル』さんの店に寄ろうかとサイトを覗いたら、なんと連休で休みとあった。ついているのかいないのかビミョーな心持ちだ。
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【追記】:
 このあと、2010年夏頃から詐欺がまいの商法だといって結構叩かれているんだが、日々の進歩にオッつかなかったで、信用しちゃいけないね!まぁこういうこともありましたって云う話です、一応念の為、ぐふっ。

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2008年12月11日(木) No.2194 (うれしいこと)
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湘南ホームレス。


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♪〜今日の空。午後2時。

 昨日は寝不足のまま海に出かけたりしてさすがにくたびれたのか寝しなに掛けたジャズも一曲終わらぬうちに爆睡したようで今朝は7時にシャキッと起床、やはり良く眠ると気分は壮快になる。こまごました雑用のあと相模川にでも出掛けようと昼過ぎに出発し、途中、郵便局に寄ったが民営化のせいか心なしかマットーな対応になっている。利用者の流れもスムースに感じられた。
 で、その後お天と様は出ているものの、どうも風が強く躊躇した挙句結局戻ってきてしまった、根性無しではある。

 先週だったか「湘南ホームレス」というのが週刊誌やTVワイドショウで取りざたされ、場所が拙者の良く行く茅ヶ崎海岸沿いの防風林ということもあり、そのあり様が気に掛かっている。

 というのも今の拙者とて、いくら住まいがあってそこそこの収入があるとはいっても精神的には徐々に世間から遠ざかろうとしている訳で、望むと望まないにかからわず、いわゆる実社会からスポイルされたなどと言われる彼等とそれほどの違いはないなぁと感じているのだ。

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♪〜何かに使えるかなぁ。

 ホームレスなんて言葉が一般化する前は浮浪者であり乞食とも云われた存在ではあるが、我が国民の大多数が持つ恥の文化からか世界的に見てもその絶対数は圧倒的に少ない。当然、様々な理由やいきさつがあってのことと思うのだが一般論としては反社会的存在であるとして、寛容ではない大衆は批難の目を向けるし、そんな親のもとで育った子供なども正直に忌避の感情とともに排斥しようなどとしたり、あからさまに差別意識を持つ。

 寛容というのは美徳と目されるが、対象によりけりで、例えば己が殺されかねない状況とか国が侵略されかねないときに、まぁまぁと受け入れるような人格は斟酌する価値もないのだが、人口1憶2千万人のなかで約3万人か、理由なんぞは別にしてまともな社会生活を送れず、ひっそりと隠れるがごとく生きるしとを、やれ不法占拠してけしからんとか汚いとか働かずに過ごすなんてなど、ことさら許せないと息巻く人間の了見の狭さには昔から憤りを覚える。幸い我が国には支那の文化を受け継いだせいか仙人などという存在があったり宗教に帰依して托鉢しながら生きる虚無僧なんてのもあって、他者を傷つけたり盗みでもしない限り、そっとしておくのがほど善い寛容だと思う風潮が大多数と思うのだがどうなんだろう。政治があれこれしたって確信犯的に社会を拒絶しているケースが多いのだから、やっきになって救おうなんてのも無駄な話だ。

 この湘南ホームレスに対するお役所の態度が「事件を起こさないかぎり、望ましいことではないが静観している」と言うことなので救われる。まぁ、けしからんと抗議する奴らも出るだろうが物欲にまみれた国家の子羊がそんなに喚いちゃいけないよ。いくら湘南と云ってもこれからの冬は過ごし難い、火災など起こさないことを祈っている、なんせ回りは森林だからね。

 こんな記事を書いたのは、遠い記憶にある子供のころ、近くの山中に秘密の隠れ家を作りTV映像で観たようなテント張りの小屋を作って遊んでいたのを思ったことがある。たぶん誰もが憧れるけれど大人になってから意図してそうなることは大金持ちになるより難しいようにも思う。その生活スタイルを賛美したり羨んだりはしないが唾棄するような事ではないと思うのだ。唾棄すべきは詐欺まがいの虚業で大衆から大金をせしめている輩だ。
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2008年12月11日(木) No.2192 (雑感)
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