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ブログ風「しんじワールド」

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サイレント・ナイト


























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 まさに、Silent Night、Quiet Night、静かなクリスマスを過ごした。そして一時、旧約聖書に記される故事に思いを馳せた。そして、改めて思ったことは、この60億からの人間が持つあらゆる宗教に言えるのはいずれも人間固有の本質ではなく後天的な教え、刷り込み、教育によるものだなぁということと、そうは言うものの未知なるものに対する畏怖とか自然に向った時の畏敬は教祖や教義がなくとも芽生えるものなのではないかなぁということだ。なにかにすがるとか言葉は悪いが隷属するというのはおそらく安穏でいるための有効な手段だ。神は我が心の内にありというのと教会や寺院にあると思うのにさしたる違いは無いような気もする。
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 今日、気まぐれに開いた聖書のマタイ伝、第六章でしっくりと来る文章があった、いまさらながらこの史上最大の発行部数を誇る御本の威力を感じ入った、多くのシトが取り込まれるのも分かる。
 自分流で読むと、
『何を食べようか,何を飲もうかと,自分の命のことで思いわずらい,何を着ようかと自分の体のことで思い患うな。命は食物にまさり,体は着物にまさるではないか。空の鳥を見るがよい。播くことも刈ることもせず,倉に取り入れることもしない。それだのに,自然は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも,はるかにすぐれたものではないか。
・・野の花がどうして育っているか,考えてみるがよい.働きもせず,紡ぎもしない。しかし,あなたがたに言うが栄華を極めたときのソロモンでさえこの花ひとつほどにも着飾ってはいなかったのだよ。
今日は生えていて明日は炉に投げ入れられる野の草でさえ,自然はこのように装って下さるのだからして,あなたがたにそれ以上よくして下さらないはずがあろうか。 ・・だから明日のことを思い患うな、明日のことは明日、一日の苦労は,その日一日だけで十分である。』。
 しかしあの有名な五章の「山上の垂訓」などをまるで違う文章にしてしまう不埒な拙者はやはり敬虔なるクリスチャン足りえない。
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 現実に目を向けるとまぁ事件だらけというか、事件が起こるのが現実社会なのだと感じることしきり。昔から詐欺事件を追及し続ける「日本TV」で介護保険の架空請求の実態をルポして暴いていた。物言わぬ無力な納税者にとって力強い正義の味方だ。映像で流される醜い経営者や役人連中、吐き気がしてくる。信賞必罰の無い世の中というのは絶対にいけない。番組でも一罰百戒、即刻摘発すべきだろうと言っていたが、これだけ証拠が現れたのに官憲が動かないというのはふざけている。我が国はこの手の経済詐欺に寛容すぎるのではないだろうか、強盗殺人と同等に扱ってもおかしくない、何を遠慮しているのか不思議でしょうがない。業務停止や指定業者解除など彼らにとってなんでもない、また別な手口をあみだすだけだ。

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日本の唱歌

 この2,3日静かにしている時に浮かぶ音楽はなぜか「唱歌」、なかでも白秋の「城ケ島の雨」が鳴りやまない。上のJAVAアプレットに歌詞を流して見入ったりしていたがここでは外した。聖夜=雪にしてしまったので。。。
元詞の後に7・7・7・7で次々と言葉が出てくるのだが作詞については学んだこともなく読み返すと、あぁ〜アっ、とタメイキばかり。詩心の持ち主はイイナと思いつつそれだけ敏感に言葉が出るというのもシンドイことかも知れないなぁ、などと。。



2007年12月25日(火) No.1463 (雑感)
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