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ブログ風「しんじワールド」

なんでもありの気分転換サイト日記。。。
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〜BGMはいかが〜 今週は「orphee」

7月1日で[335024]


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♪〜ときには生命(いのち)の息吹を。。試聴!
魂が音になる・・◆フルート・笛:横田年昭さん
こちら「Youtubeバージョン」


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オーケストラの醍醐味。


 今朝は解除していなかった携帯電話のアラームで8:00に起床する。空は晴れているがなんてったって風が強い。あぁ〜、今日は「燃えるゴミの日」だと、ついでに散髪でもとぶらぶら出かけたのだが行きつけの理髪店は連休というこどで残念、でも風のせいで心なしか空気がきれいな感じがして気持ち良い。
 夕べ途中まで聴いていたワーグナーを改めてかける。この壮大な音の洪水のなかにいると100人近くの奏者が合奏して出現する演奏の妙味にはやはり壮大としかいいようもないものを感じる。その作品・演奏が民族を超え広く全人類に感銘を与えるというのは大変なことだ。作曲者もそうだが演奏者、指揮者についてもこれは全人生を賭けるに値するものだとつくづく思う。故にアカデミックな指導教育なども発達してきたのだが奈何せん理論や決まり事は後付けに過ぎない。確率から見ると我が国から真の音楽家が出現するのは10年に一人くらいかも、1憶2千万人x10年=12憶分の1だ。というのは統計計算の間違いで10年に一人という確率は「10年間の出生数累計数+10年前の人口=約1000万人+1憶2500万人」で1憶3500万分の1が正しい。年末ジャンボ宝くじの一等の確率が1,000万分の1だからいずれにしても奇跡的なとこといってもいい。ポップスやジャズも好きではあるが得られる感慨には大きな違いがあるものだ。名画同様、歴史に残り未来に引き継がれる文化遺産たる所以だなぁと改めて思う。偉人というのは本当に稀にしか現れない、あたりまえか。
 ♪〜ニュースから
 新宿代々木に建った有名予備校の高層ビル、いやはやたいした財力だ。入校者向けの賃貸ルームもなかなかに立派なもので格差社会の一層の加速を感じさせる。やはり多くの場合、財というのは世代を超えて引き継がれゆくのだなぁと、この予備校に蓄えられた多くの資金は夢やぶれた大半の落第生に依っているのは間違いないと考えるとちと悲しいけどこれが過去から未来、動かしようもない人間社会なのだろうな。
 ♪〜大失敗
 2月に次姉からプレゼントしてもらったお気に入りのセーター、確かウールだから洗濯機なんかに入れちゃダメと言われていたのに、釣行で少し匂いが気になりうかつにも洗ってしまった。乾いて見ると、なるほど、繊維の風合いが毛羽立った感じで非常によろしくない、クリーニング屋さんに相談してみよう。ちゃんとしとの言うことは聞かなくちゃと珍しく反省する。


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2008年04月09日(水) No.1648 (音楽全般)
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メモ、メモ、ライブ演奏と録音再生。


 サイト開設当初からこだわり続けた楽器での生演奏こそ音楽の真実ということへの考察。デジタル技術の進歩で限りなく録音再生の「音」は生に近づいて、生演奏を聴くことと再生音を聴取することの差異について明確な違いをなかなかうまく指摘する文章にお目にかかれない。時間芸術である音楽であるからして演奏される時と聴く時の同時性を主張される方もいて、確かにそうかなとも思うが時間芸術として例えば3分間の演奏をそっくり後の時間におきかえて、言葉を変えるとはめ込んでいるというのが再生ということでありこの説明では十分でないと感じる。ではなにが明確に違うのか、それは多分演奏者の呼吸・息吹き、その時の音響空間を作り出している空気が録音という行為になじまない、例えば写真やビデオに物理的な温度、匂いなどがなじまないのと同様にだ。うん、そういうことだ。表現芸術はすべからくそういうことなのだ。
 これはメッセージのやりとりなのだね、用件だけなら手紙でもメールでも伝わるが強力に訴えかけようとしたときには直接対話するしかない。まぁ、テレビ電話などはほぼそれに近づいているとは思うが。
 生身の人間の息吹、呼吸が肝心なことだ、たぶん。それゆえ音楽を聴きこみ出すと作曲家や演奏者の人となりを知ろうとするのではないかな、再生音を聴きながらもその息吹を感じ取ろうとしてね。
 といっても再生音源に価値がないなどという暴論ではなく目を閉じて聴き入る音楽の生演奏と再生音の差異について整理してみたかっただけ。

 息吹き・・いい言葉だなぁ。バーチャルの世界に決定的に欠落していることだ。仮想とはそういうことなんだよね、でもよく見ることで一縷の真実もあることがとても重要なことだ。それにはまず全て虚像と思って向わなければ失望するだけだ。ポップカルチャーたる所以だね、この軽々しさは。と、己を戒める。いや、そのぅ〜、軽くとも楽しけりゃいいじゃないかといわれりゃ、ごもっともですとなるのだが、なに言ってんだか・・・



2007年11月11日(日) No.1392 (音楽全般)
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ボーカロイド。


 ヤマハの開発した音声合成エンジンによるプログラムを使ってリアルの声優や歌手の声を元にサンプリングしてDTMでボーカルを作れる「初代・初音ミク」というソフトが脚光を浴びている。価格も安く操作も至って簡単なので誰でもPCに歌わせることが出来る。その歌声は気持ち悪くなるほど人の声に聞えるのだ。いつかは出来ると思っていたが、ここにきてという感じだ。
で、早速注文したのだがこの手のソフトとしては異例の出荷数らしく品薄模様で入荷日は10月中旬。

 「初音ミク」のキャラクターはアニメやコミックのちっちゃな女の子風で拙者には作ったとしても1,2曲で終わりと思うが引き続きいろいろなキャラクターのものが出るようなので期待している。

 9月に一気に名が広まったのは今はやりの動画投稿サイトなどでアニメやビデオにこれで作った歌を一緒につけるのが面白いからのようだ。中にはお経を読ませたりラップを唄わせたり、なかには本格的なボーカル作品にしてあるものももちろんある。「初音ミク」はcrypton.co.jpで出している。

 面白いのはオンラインでの「試用版ソフト」のダウンロードがサーバー過負荷で無理となり急遽10月発売の月刊「DTMマガジン誌」に付録として付けることとなり、その予約も半端じゃないのだそうだ。

 まぁ、いずれにせよ音楽そのものとはあまり関係ないのだがこの音声合成エンジンの進化にはとても興味がある。そして、PCの音声入力という使い勝手は結局のところ人間の行動にマッチしないのだろうかという問題。

 10年も前には、いずれ音声入力が標準になるかのようにも喧伝され今もその機能はあちこちに存在するもののあまり使っているしとはいないものなぁ。


2007年09月29日(土) No.1313 (音楽全般)
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絶対音感。


一夜あけて、ややほっとした心持で午後には気分転換と近くの理髪店へ出向いた。な〜んか、ほっとした気分が持続していて、鼻歌などでる。それと口笛、といってもはっきりとした音でなく息の音といったほうがよいのだろうか、拙者のばあい2オクターブ半、表現できる。

♪そぉ〜〜↑ふぁ〜〜みぃ〜.ドらぁ〜〜。

ここでふと気づいたのだが、この「らぁ〜」の音、ギターの第2弦を調律するときの高さだ。そもそも絶対音感などにはたいして興味もなかったのだが、
あれれ、いつの間にか耳に入る音がドレミになってる。といっても音あてクイズのように12音をピタリと当てるなんぞはできないだろうから厳密には絶対音感などとはいわないのだろうが、気になったので帰宅してから440Hzの音叉で確認してみたところ「ら」はまちがいなく「A3」であった。音叉は「A4」なのでオクターブ低い「ラ」である。

そこで、興味をもってたまに口ずさむ曲のキーを確認したところすべてハ長調かイ短調だった、ぐふぅ〜。シーチョーか。

しっかし、これは大発見、いつもなにげなく息をまるで楽器を吹くように吐いてメロディを確認しているのだが、こりゃぁ体力を使わない楽器のようだ。

で、試しにボーカルに挑戦。声帯を鳴らさずいわゆる囁き声でも歌えるのだねぇ♪。人の口と舌の動きの精密さ加減には驚く。

click


5行目のフレーズ、ミュージカル、ウエスト・サイド・ストーリーのなかの
「Somewhere」。このメロディ、Trbの低音域でたっぷりの息をもって歌うのが快感だった。ちなみにこのSomewhereという言葉は決して未来のどこかを示すわけじゃぁないんだね。確固として存在するどこかを指すものらしい。
2007年07月02日(月) No.1140 (音楽全般)
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心に響く。


日曜日の夜、シゴトしながら聴くとはなしにつけっぱなしの隣の部屋のTVから、柔らかな優しいヴァイオリンの音色が聞こえてきた。誰だろうと思い見ると白井祟陽さんというこれからプロでやっていこうという青年の演奏だった。

音楽は不思議だ。どんなにテクニックに優れても心琴にふれるような音というのはなにが要因なのかは誰にも解らない。それでも皆、そういう音楽を演奏したくて楽器をとる。確率から考えるととても狭き門ではあるがそれだけに余計夢中になれるのかも知れない。いいなぁ〜。

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文句たらたら日記−2

xpの頃からPCの検索がとても不便になっていて、vistaにいたっては検索する気も起らない。検索なんてぇものはキーワード入力してクリック一発で出てこなきゃいらつくばかりで意味ないだろうに、ごてごてとオプションメニューを使わなきゃいけないとか場所と特定してなんてのは愚の骨頂だ。わからなくなるから検索するので、設計者は検索の威力にばかり目がいってあれが便利これが便利とあらぬ方向に行ってしまっている。特殊な検索はオプションで使いたいしとだけのメニューでいいのに、vistaはいらいらするね。

osは標準入出力とファイル管理に徹してくれると良いのに。ネットワークのメニューも一段と分かりづらいものになっているし、ガジェットなどもオプション機能で十分だ、目ざわりだもの。車のハンドルは丸いのが一番良いからかわらないのだよ、せっかく98あたりで一番使いやすいような手法が出そろったのに四角いハンドルにするこたぁないだろう。なんとか良い点を見つけたいのだが今のところなにもない。それとシングル・ユーザーの方向に向かっているのだからして、エクスプローラー画面も自機とネットワークプレイスが一目瞭然にしてほしいというのがささやかな希望。アプリがさくさく動くのはハードウエアのおかげだし。


2007年06月17日(日) No.1117 (音楽全般)
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楽譜。


もう2週間くらいも前になるか、ふとした拍子にとある曲のピアノ・ピースがどうしても欲しくなり、フランスの出版社「ディアレッツォ」に注文を入れた。日本語サイトがあるのを知らず、クレジット決済がなかなか通らずちと手間取ったものの昨日、無事届いていた。発送が6日となっていたから航空便でも10日もかかるんだ。随分前から音、即、音符ってな感じで楽譜を買うことをしていなかったのだが、なぜか人の書いた楽譜を見たいと思う曲がたまにある。楽譜を見て喜んでるなんてのは酒瓶みて酔っ払っているようなものかなぁと苦笑い。

今回のはかのハロルド・アーレンのNostalgia(Stormy Weather)。スタンダード中のスタンダードで平易なコード進行で多くのジャズメンがレパートリーにしている曲だが歌詞を知りたかったのと一般的なコード進行・解釈を見てみたかったというだけのことなのだが、それ以上にカーティス・フラーのTrbソロでの出だしの4小節が耳について離れないのをなんとかしなくてはと思っているからだ。それにしても時間がとれないし、難儀なことではあるなぁ。

おっ、記事Noが1のぞろ目だ!


2007年06月16日(土) No.1111 (音楽全般)
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自由感。




考える、考える。マジメに考える。

 今、ヴァーチャルではあるが音楽をやっていて昔には考えられなかったほどの自由を感じる。たぶんそれは欲のなさに関係しているように思える。

楽器を演奏したり楽曲を提供していた頃はものの本に書かれているような、あれしちゃ駄目だのそんな音使いは間違っているなど勝手に思い込んで随分と狭い音楽をしていたものだ。

例えばバッハのコラール、確かに違和感、不自然なところも無く心地よいハーモニーが響き渡ることは誰もが認めるし間違いない。

しかしここで適当な旋律に3和音を付け何も考えずに平行移動させたってそれなりのサウンドは響くのだ。なんの知識も工夫もいらない、ましてDTMなどでは機械にまかせても大丈夫だ。そしてこれはというところをピックアップすれば良い。これは極端な例だとしても音を出すのに制約などなにもないのだと解るまで、なんと時間を必要としたことか。

絵の世界でも良く幼児教育などで好きなように描きなさいなどと指導するのを見聞きする。でもなんの経験もない子供のそれはやはり落書きの域を出るものではないやね。音楽も多分そうなんだろうと思う。なんの訓練もない状態での自由はおそらく雑音、ホワイトノイズということなんだろうな。昔はそれが恐ろしかったということだ。

自由、自分の世界を持てるということはある意味で反社会的なことでもあるように感じる。それでも人は皆、自由を求める。



2007年05月29日(火) No.1075 (音楽全般)
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