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ブログ風「しんじワールド」

なんでもありの気分転換サイト日記。。。
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〜BGMはいかが〜 今週は「orphee」

7月1日で[335024]


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♪〜ときには生命(いのち)の息吹を。。試聴!
魂が音になる・・◆フルート・笛:横田年昭さん
こちら「Youtubeバージョン」


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秋の夜長。


 というわけで秋の夜長、目薬を点して寝ようかと思ったがなんともこの静けさがもったいなく感じられ、それではと寝転がったままDTMソフトを開き遊んでみた。音楽の楽しみ方は百人百様で、まず聴くことがあって、歌う、楽器を奏でる、他にも観るというのもあるかも知れない。そしてほんの十数年前までならオーケストラの指揮などは本当に限られたしとしか味わうことができなかったのだがデジタルテクノロジーの進歩でどこにでもあるPCで疑似体験が可能になっている。

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 昔から和音にいたく興味をそそられその曰く因縁について興味本位ではあるが追及してきたこともあって今、手軽に音にして出せるのが面白いの一言に尽きる。なんといっても60人以上のバーチャル演奏家をマウス一つで自由に出来るなんざぁその昔の王侯貴族ですらかなわなかった贅沢なことだ。
 「美しい」ということでは協和音というのが人類に普遍的に備わった感覚ではないかと思うが、それだけでは音楽として退屈なものだ。時代とともに先人がありとあらゆる試行を繰り返し今も続いているわけだがそれはちょうど絵画の世界で新しい色使いや構図や描画手法が認知されていったのと同様に不協和音という言葉がふさわしくないような音使いが新たな音楽美として定着してきた経緯があるわけで、この先どうなるかは断言できないがこの数十年で聞く限りおおよそ出尽くしたかなとも思っている。なんてこと書いていたところで、観たかった映画「ニューヨーク東八番街の奇跡」が始まった。(0:50)STOP いやぁ〜、面白かった、なによりジェームズ・ホーマーによる音楽が最高。1987年度制作のアメリカ映画で原題が「Batteries not Included」とそっけないものだが丁度我が国でも横行していた地上げ屋の悪どさと救われようのない小市民がUFOに救われ、ハッピーエンドとなるファンタジーで他愛ないといってしまえばそれまでだが、娯楽はこうでなくちゃ。サウンド・トラックは全編、上等なスイング・ジャズでドルビーシステムの音質も良く、夜更かしの甲斐があった。(3:00)

STOP_

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2008年09月30日(火) No.1984 (音楽全般)
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心変わり。


 朝起きたときにケッシンしたはずのお出かけだったが、天気予報とはうらはらに雲が厚くなかなか踏ん切りがつかぬままづるづるとお昼になり、もう今日は止め、で夕方にドキュメンタリー『昔、男ありけり「武満徹〜読めない本〜」』なる放送を観た。現代音楽はあのジョン・ケージ他、おおくの方々の作品について断片的に聴くことはあっても決して好きな音楽ではないのだが、モダンジャズでのアバンギャルドなど同様に、狂狷なまでに突き進む彼らに強い興味を覚えるのだ。単に奇を衒うこととは違う深淵な事柄を感じ取れることがあってたまにではあるが惹きつけられる。特に武満さんが音楽を志したきっかけが終戦間じかに勤労少年として防空壕のなかで教官が慰めに聴かせてくれたシャンソンだったというのが、とても納得できる。

 今度の日曜日にちょっとしたシゴトの電話、うぅ〜んと一瞬考えたが引き受けた、天気悪そうだし、あは。

 あしたこそ行ってやる、中津川水系。STOP
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2008年05月22日(木) No.1727 (音楽全般)
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マッチポンプ。


 今日の日曜日はなんともグタァ〜っとした一日、ピリっとしなかった。なんと昨夜から12時間も寝てしまいお昼に起きてからこの日記スクリプトに画像を6枚づつアップ出来るように改造しようとして誤って文字コードをs-jisで保存してしまい修復に半日費やしてしまった。修復後もところどころ出る文字化けを解決すべく手を加えた。

click

 夕方、「オーケストラの森」という番組でヒンデミットの交響曲、「画家マチス」を大阪センチュリー交響楽団の演奏で放映していたのでしばし観る。このハイビジョン映像でみるオーケストラというのは思いもかけない印象を与えてくれる、それは音楽より演奏者の表情や仕草がやたらリアルで鮮明に見えるためついそれぞれのしとの背景や人格や生活に思いが行ってしまう。オーケストラの60人を超えるかというこの楽器演奏の達人たちが一曲の演奏にあたって何を思い描いているのだろうかと興味がつきない。
 たしかに作曲者はヒンデミットでそれは五線紙に記録されているのだろうが今聴いている音楽は間違いなく彼ら演奏者の創出物なのだと思うと、ついそちらに目がいってしまう。しかしこれって木を見て森を見ていないということになるのかなぁと映像を見ながらふと思った。見えなくても良いものもあるのかも知れない。STOP なにやらクラシックづいていて、深夜には神尾真由子さんの昨年8月のチャイコフスキー国際コンクール優勝記念コンサートを視聴、シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 op.47とチャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.35の2曲をほれぼれと聴きいってしまった。さすが世界一のバイオリン奏者と納得、オーケストラの中に浮かび出るその音色の美しさといったら例えようもない存在感を示している。先の文に書いた通り後半は映像を見ずに聴いた。ちなみに拙者はチャイコフスキーのほうが好きだ、ためいきさえ出る。内なる琴線を直に響かす音楽だ。
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2008年05月18日(日) No.1717 (音楽全般)
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即興、アドリブ。


 今、閑暇に読み返している本にA.シェーンベルグの「和声法」がある。1948年に彼が南カルフォルニア大学で作曲学科の学生の知識の無さに憤慨し、教本として書きしたためたもので邦訳は上田昭さんにより10年経てなされている。若者が勉強しないというのはいつの時代も同じらしい、といいつつ、極少数は大人の教えとは無関係に道を切り開いてきているわけだ。
 この教書の面白さは彼の古典のアナライズが解かり易いことで、音楽表現についての的確な姿勢が明確に示されてもいる。作曲技法とかハウ・ツー本などではないのだ。ただひとつ不満があるのは邦訳の段階で一番肝心な「region」を日本語にしていなかったこと、同じ様に要となるキーワードのいくつかを原語のままにしている。岡潔さんがよく言われていた民族の起源の違いによる情緒の相違を思えばこういった邦訳は意味を成さないのだ。この「region」というニュアンスは、ある楽曲の主調が支配されている、あるいは支配している範囲のことでありそのように明記してもおかしくないのになぜ「region」のままなのか疑問だ。「領域」と訳しても別段不具合ではない。「substitute」、「transformation」、「period」や「sequence」もそうだ。
 近年のIT関連の書籍にもよく見られた現象で訳者の日本語力、翻訳の能力を疑ってしまう、無責任だ。造語してでも意味を感じ取れる文章にすべきで、明治大正期の学者を見習うべきだ。知識に欠けるのは若者ではなく教える大人だ。訳した本人も理解していないのではと失礼なことを思ってしまう。説明というのはありとあらゆる比喩や例えを示すことが肝心なのだから。
 ちと脱線したが、この御本、その中の一文に即興についてのことがあり改めて感慨を深くしたのだ。曰く、

『即興の優劣は、その念入りなことよりも、むしろインスピレーションの直接性と活気にかかっているのである。もちろん、書かれた作曲と即興の作曲の違いは、制作のスピードであり、相対的な問題ではある。したがって、即興曲も、幸運な条件のもとでは、注意深く書き上げられた労作のもつ深みを得ることができる場合もあろう。一般的にいって即興は、厳密に知的な能力を用いる場合より、ずっと想像力と情緒を通じ主題と取り組むことになろう。』

もちろん、この時期モダンジャズの創成期でありこの一文はあくまでもクラシック音楽での話しではあるのだが、まさにパーカーやパウエル、ドルフィーなどは想像力と情緒においてそれを現実のものとして具現化したのだと思っている。それは新しいサウンド、響きでもあったわけだ。
2008年05月13日(火) No.1712 (音楽全般)
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オーケストラの醍醐味。


 今朝は解除していなかった携帯電話のアラームで8:00に起床する。空は晴れているがなんてったって風が強い。あぁ〜、今日は「燃えるゴミの日」だと、ついでに散髪でもとぶらぶら出かけたのだが行きつけの理髪店は連休というこどで残念、でも風のせいで心なしか空気がきれいな感じがして気持ち良い。
 夕べ途中まで聴いていたワーグナーを改めてかける。この壮大な音の洪水のなかにいると100人近くの奏者が合奏して出現する演奏の妙味にはやはり壮大としかいいようもないものを感じる。その作品・演奏が民族を超え広く全人類に感銘を与えるというのは大変なことだ。作曲者もそうだが演奏者、指揮者についてもこれは全人生を賭けるに値するものだとつくづく思う。故にアカデミックな指導教育なども発達してきたのだが奈何せん理論や決まり事は後付けに過ぎない。確率から見ると我が国から真の音楽家が出現するのは10年に一人くらいかも、1憶2千万人x10年=12憶分の1だ。というのは統計計算の間違いで10年に一人という確率は「10年間の出生数累計数+10年前の人口=約1000万人+1憶2500万人」で1憶3500万分の1が正しい。年末ジャンボ宝くじの一等の確率が1,000万分の1だからいずれにしても奇跡的なとこといってもいい。ポップスやジャズも好きではあるが得られる感慨には大きな違いがあるものだ。名画同様、歴史に残り未来に引き継がれる文化遺産たる所以だなぁと改めて思う。偉人というのは本当に稀にしか現れない、あたりまえか。
 ♪〜ニュースから
 新宿代々木に建った有名予備校の高層ビル、いやはやたいした財力だ。入校者向けの賃貸ルームもなかなかに立派なもので格差社会の一層の加速を感じさせる。やはり多くの場合、財というのは世代を超えて引き継がれゆくのだなぁと、この予備校に蓄えられた多くの資金は夢やぶれた大半の落第生に依っているのは間違いないと考えるとちと悲しいけどこれが過去から未来、動かしようもない人間社会なのだろうな。
 ♪〜大失敗
 2月に次姉からプレゼントしてもらったお気に入りのセーター、確かウールだから洗濯機なんかに入れちゃダメと言われていたのに、釣行で少し匂いが気になりうかつにも洗ってしまった。乾いて見ると、なるほど、繊維の風合いが毛羽立った感じで非常によろしくない、クリーニング屋さんに相談してみよう。ちゃんとしとの言うことは聞かなくちゃと珍しく反省する。


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2008年04月09日(水) No.1648 (音楽全般)
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メモ、メモ、ライブ演奏と録音再生。


 サイト開設当初からこだわり続けた楽器での生演奏こそ音楽の真実ということへの考察。デジタル技術の進歩で限りなく録音再生の「音」は生に近づいて、生演奏を聴くことと再生音を聴取することの差異について明確な違いをなかなかうまく指摘する文章にお目にかかれない。時間芸術である音楽であるからして演奏される時と聴く時の同時性を主張される方もいて、確かにそうかなとも思うが時間芸術として例えば3分間の演奏をそっくり後の時間におきかえて、言葉を変えるとはめ込んでいるというのが再生ということでありこの説明では十分でないと感じる。ではなにが明確に違うのか、それは多分演奏者の呼吸・息吹き、その時の音響空間を作り出している空気が録音という行為になじまない、例えば写真やビデオに物理的な温度、匂いなどがなじまないのと同様にだ。うん、そういうことだ。表現芸術はすべからくそういうことなのだ。
 これはメッセージのやりとりなのだね、用件だけなら手紙でもメールでも伝わるが強力に訴えかけようとしたときには直接対話するしかない。まぁ、テレビ電話などはほぼそれに近づいているとは思うが。
 生身の人間の息吹、呼吸が肝心なことだ、たぶん。それゆえ音楽を聴きこみ出すと作曲家や演奏者の人となりを知ろうとするのではないかな、再生音を聴きながらもその息吹を感じ取ろうとしてね。
 といっても再生音源に価値がないなどという暴論ではなく目を閉じて聴き入る音楽の生演奏と再生音の差異について整理してみたかっただけ。

 息吹き・・いい言葉だなぁ。バーチャルの世界に決定的に欠落していることだ。仮想とはそういうことなんだよね、でもよく見ることで一縷の真実もあることがとても重要なことだ。それにはまず全て虚像と思って向わなければ失望するだけだ。ポップカルチャーたる所以だね、この軽々しさは。と、己を戒める。いや、そのぅ〜、軽くとも楽しけりゃいいじゃないかといわれりゃ、ごもっともですとなるのだが、なに言ってんだか・・・



2007年11月11日(日) No.1392 (音楽全般)
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ボーカロイド。


 ヤマハの開発した音声合成エンジンによるプログラムを使ってリアルの声優や歌手の声を元にサンプリングしてDTMでボーカルを作れる「初代・初音ミク」というソフトが脚光を浴びている。価格も安く操作も至って簡単なので誰でもPCに歌わせることが出来る。その歌声は気持ち悪くなるほど人の声に聞えるのだ。いつかは出来ると思っていたが、ここにきてという感じだ。
で、早速注文したのだがこの手のソフトとしては異例の出荷数らしく品薄模様で入荷日は10月中旬。

 「初音ミク」のキャラクターはアニメやコミックのちっちゃな女の子風で拙者には作ったとしても1,2曲で終わりと思うが引き続きいろいろなキャラクターのものが出るようなので期待している。

 9月に一気に名が広まったのは今はやりの動画投稿サイトなどでアニメやビデオにこれで作った歌を一緒につけるのが面白いからのようだ。中にはお経を読ませたりラップを唄わせたり、なかには本格的なボーカル作品にしてあるものももちろんある。「初音ミク」はcrypton.co.jpで出している。

 面白いのはオンラインでの「試用版ソフト」のダウンロードがサーバー過負荷で無理となり急遽10月発売の月刊「DTMマガジン誌」に付録として付けることとなり、その予約も半端じゃないのだそうだ。

 まぁ、いずれにせよ音楽そのものとはあまり関係ないのだがこの音声合成エンジンの進化にはとても興味がある。そして、PCの音声入力という使い勝手は結局のところ人間の行動にマッチしないのだろうかという問題。

 10年も前には、いずれ音声入力が標準になるかのようにも喧伝され今もその機能はあちこちに存在するもののあまり使っているしとはいないものなぁ。


2007年09月29日(土) No.1313 (音楽全般)
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