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ブログ風「しんじワールド」

なんでもありの気分転換サイト日記。。。
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〜BGMはいかが〜 今週は「orphee」

7月1日で[335024]


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♪〜ときには生命(いのち)の息吹を。。試聴!
魂が音になる・・◆フルート・笛:横田年昭さん
こちら「Youtubeバージョン」


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バド・パウエル。


 7:00起床、TVニュースを聞きながら再再度、釣り道具の整理に取り掛かる。なんでサッサと処分できないのかじれったい。大小のツールボックスなど合わせて12,3個もあってそれぞれにいろいろと狙いに応じた仕掛けやらなにやらが入っているのだが思いつきでその都度そろえたことが見え見え。これらをなんとか2,3個に集約しようとしているのだが捨てようか残そうか迷う迷う。

 民主党のゴタゴタといっては失敬だが、statesmanは本当にたいへんだ。要職にいる方々が一字一句の言葉を選んで話しているのを聞くとどうしてもヒヤヒヤしてしまう。昔からそうだったかなぁ、用心してというのは解らないでもないがたどたどしいとも云う、などと傍でぬかしている分にはいい気なもんだと滅入ってしまう。

 昼前に旧知の友から電話、昨日コールしたものの出なかったもので新しい番号を知らせていなかった為今日折り返しの確認だったようだ。用件は、なんのこたぁ無い、忘年会しようやという呑気なもの。現役時代の約束なのだ。一番年下の拙者が段取りをすることになっている。年だけは追いつけないんだよね。

click

 夜、急にジャズ・ピアノが聴きたくなりお気に入りの一枚、バド・パウエル・トリオ'64年のパリでの録音アルバム「姿なき檻」、じっくり聴くのは久し振りだ。

 中でもファースト・トラックの「Blues For Bouffemont」、超スロー・テンポのブルース・ナンバーだが何度聴いてもいいなぁ〜としか云えない。トリオを構成している他の二人、ベースとドラムもパウエルのピアノを際立たせるようなプレイで実に好ましく思える。格闘技のような演奏も刺激的で良いのだが時には一音一音噛みしめて聴くのは得も云えぬひと時となる。この天才にしてからに内面の不幸というのは何だったのかとあらぬ妄想を頭に描く。

 引っぱり出したジャケットのライナー・ノートに次なる一文があった。
曰く、
『これはブルースであり、ブルースとは何であるかという曲である。−−−つまり絶望した希望なのである。これはバドの感謝の念であり、バド自身がそう言うのをきけば、私たちは、バドとブッファマンに感謝しなければならぬ沢山のことがあることを思い知るのである。(デービッド・ホガース/訳・相澤史郎)』

うん、まさしく思い知る。

 数いるモダンジャズ・ピアニストでなんでバドか、つらつら考えるに音楽の三大要素といわれるうちの和声を完璧に我がものとして、その上に己のハーモニーを構築していることにあると思う。60年代にはその窮屈さと繰り返しの陳腐さ加減からやたら脱線していったジャズとは異なり平均率が確立した後の西洋音楽のセオリに則りおそらく悪戦苦闘したのだろうなと、穿った見方をしてしまうのだが、40年経っても色褪せないその演奏はクラシック・ジャズというにふさわしい。あのころモードだプログレッシブだ、やれフリー・ジャズだのフュージョンだのといろいろなスタイルが出現して、それはそれで新鮮でインパクトもあったのだが、個人的に言うと、飽きるの一言につきるのだ。

 あぁ〜、もう夜も更けてきた。時間が早くながれる。
明日はちょっと整理したツール・ボックスを持って海へ行こう。


2007年11月07日(水) No.1381 (ジャズ)
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知らなかったなぁ〜♪


世の中のミュージシャン全ての演奏を聴く事など出来るはずもないのだが今日初めて知ったプレイヤーが居た。相当前から活動していたようだがその時期にはジャズや音楽にとんと接していなかったせいだろうがこんなにパワフルでハートフルなトロンボニストというよりジャズマンがいるなんて、世界はやはり広いなぁ。動画サイト「YouTube.com」のおかげで一気に見聞が広まった思いがする。音楽のスタイルやジャンルはどうでもいいのだ、この音色や唄い方にジャズの根っこの部分を感じて止まない、近頃の言葉で言うと癒される、アハッ、この言葉、初めて使った。
スエーデンの音楽一家、カーリングファミリィというバンド。姉妹ともにトロンボニストで、姉はピアノ、金髪の妹がスターでもあるようでバグパイプも達者で実にブルージィーな演奏をしていてそのアメイジング・グレイスなどはまさに引き込まれるように聴き入ってしまった。楽器はいいよなぁ、演奏している限り自由があるもの。早く歯の治療が終わらないかな、筋トレ兼ねて管楽器再挑戦だぁ〜♪。



2007年10月07日(日) No.1321 (ジャズ)
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Eric Dolphy



YouTubeの検索スクリプト。
一年以上前に出ていて、使いやすく軽いので再掲。
コードをページに張り付けると簡単に表示される。
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このキーワードに"Eric Dolphy"と入れ連続再生をBGMにしてみた。

追記:一部のブラウザでは不具合出ます。












2007年09月15日(土) No.1277 (ジャズ)
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歌がある。





♪〜For Once in my life
トニー・ベネット、スティービー・ワンダー。大好きな歌手だ。

話違うが12月のベイシー楽団東京公演、チケットは購入したが座席の指定が出来ないホールなのだね。指定席と銘打ってS,A,Bって括っちゃういい加減さ、その感覚が理解できない。乗物でもお伺い立ててくれるよなぁ。


2007年09月13日(木) No.1272 (ジャズ)
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一人一音。


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TVから漏れ聞こえてきたロックギターのツィゴイネルワイゼン、やけに感動的な音だったので見ると一人づつが一弦のギターで一音づつ担当して合奏しメロディを奏でているものだった。実際の演奏なのか合成によるアテレコなのかは定かでないのだが、富士ゼロックスのコマーシャルで少し前の一音ピアノの大連弾に続くシリーズらしい。
このギター演奏はいいなぁ、一音一音にピックを弾くしとの思い入れが感じられる。これがコンピューターサウンドだったらすごいなぁと思ったのだがギター・シンセで可能な演奏でもあるし、いずれにせよこの演奏はいいなぁ、大好きだ。

こちらで聴ける。


2007年09月09日(日) No.1262 (ジャズ)
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1982年。



大きい画面はこちら。

 「さとヌー」さんという方のブログで紹介されていた我が敬愛してやまないジャズ・トロンボーン奏者、J.J.ジョンソンの映像。
1982年ころのTV番組やコンサートのようだ。JJは'50〜'60代のころのレコードでしか知らず、この頃はジャズと一切かかわりなくなっていたので初めて見る映像だ。

 これらを見聴きして、正直暗澹たる気持ちになってしまった。演奏でのみ評価されるモダン・ジャズ・プレイヤーは生業としてみたときつらいものがあるなぁ。創造的なプレイヤーほど一回一回の演奏で消耗と虚しさが増していってるようで・・・つらいなぁ〜。だいたいからしてジャズ・コンボの演奏にコンサートという形態はマッチしない。例えていうならゴッホやモネの名画を武道館で見せるようなものだ。いくらお金のためとはいえ、思索するプレイヤーには拷問のようなステージだ。

 そして、突然に「シジフォスの神話」なる言葉が頭の中をよぎった。ジャズ、特にモダンジャズを演る世界クラスのプレイヤーは穐吉敏子さんの言を待たずとも皆クレイバーで限りなく求知を善しとする人たちだ。それを知ってか知らずでか、見世物・興行にしちゃったんだねぇ。残酷な話だ。こんなもの続くわけが無いと一人悲憤にくれるひとときだった。


2007年08月28日(火) No.1226 (ジャズ)
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エリック・ドルフィー


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 ようやくドルフィーの伝記本を読む時間がとれた、というより読む気になった。「Fのブルース」ブログの4438milesさんの記事で見てすぐにamazonし、一週間前にはついていたのだが活字中毒を抜けてはや3年、なかなかにハードカバー本を開くには抵抗があるのだ。

 このような詳細なディスコ・グラフィーを編纂するのは序文に述べられているように実に地道で根気のいる作業で、シモスコとテッパーマンは心底ドルフィーを敬愛していたに違いない。

 読み始めて20ページも行かぬうちに妙な感覚を覚えた。それは当時の共演者であるエルビン・ジョーンズやガンサー・シュラーのコメントを聞くとまるで拙者が30年前に想像していたエリック像がそっくりと出てくる。やはりそういう音楽家だったのだ。そんなことを喜んでいるのは傍目にも厭味なスノッブとは思うがしょうがない。やろうとして叶わなかったが十分満足できる、ドンキホーテみたいなもんだ。

 特に古典に通じ、シェーンベルクを読み解きパーカーに心酔して表現したジャズなのだからディープなファンがこれだけいてもおかしくない。決して流行り音楽ではなかったと思っている。

 ただ、ジャズの宿命とでもいうか演奏が全てといっても過言じゃないので、クラシックの名作のように五線紙に記録されて残るというわけにはいかない。音源を引っ張り出して聴くしかないのだ。

 それだけに、このような精細な演奏の記録は貴重だなぁとつくづく感じ入った次第である。定価の3倍くらいはしたけど惜しくはないや。
2007年08月20日(月) No.1216 (ジャズ)
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