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ブログ風「しんじワールド」

なんでもありの気分転換サイト日記。。。
自問自答、ちょっと他問、ぐふっ。


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〜BGMはいかが〜 今週は「orphee」

7月1日で[335024]


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♪〜ときには生命(いのち)の息吹を。。試聴!
魂が音になる・・◆フルート・笛:横田年昭さん
こちら「Youtubeバージョン」


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突然やってくる。


 昨夜は早い時間から横になっていていつの間にか寝てしまい、夜中の12時頃に起床、出来れば今日か明日の一日を釣りにしたかったが、天気予報で湘南の海に強雨と出ているので、もう今週は外出しないと決め、それではと、変な時間だったが何故か温野菜のサラダを作ろうと思い立つ。これを冷やしてごまだれのドレッシングをかけて食べようと思ったのだ。

 下ごしらえをしながらBGM代わりにかけていたBSテレビの深夜劇場でメル・ギブソン主演の映画「What Women Want」から聞こえてくるジャズ・ボーカルの「マック・ザ・ナイフ」が御機嫌でオヤッとばかりに少しボリュームを上げ、その中盤での長尺なサウンド・トラックを聞いている内に、キタキタきたきた〜という感じで頭の中がオタマジャクシでいっぱいになる。
 調理しながら離れて聞いていたので誰の演奏かは解からずじまいだったが、以前DTMで途中まで作りだしてもいて、もともと大好きだった曲なのだが、大編成のジャズバンドにストリングスも入れ快適にスイングさせるつもりが、どうも楽器で歌わせてももうひとつ感じが出なくて放り出していたのだった。が、今日はそれこそ突然にサウンド・イメージがはっきりしたのだ。なんと良いタイミングか、それこそ音楽の女神に後ろ目隠しでもされたかの心地、うまく完成できるといいなぁ〜♪。
STOP_そういやぁ、このところ釣りと移住のことばかりでちっともジャズの記事がないなぁと思いながらも、頭に浮かばないんだからしょうがない。でも今日みたいになると、まるでヨミガエッタかのようで自分にお帰りえりなさいと言いたくもなるのが嬉しい感じだ。
STOP_しかしやはり朝になってから眠くなり3時間ほど熟睡、お昼に電話で起きる。そのうちの一件は引越し業者からで、とりあえずの段ボールを持ってきてくれるという。直前までは手を着けようと思わないのだが、まぁあるに越したことはない。だはっ、いよいよなんだとまたまた引越しモードに引き戻されちまった。それとNTT西日本さんの回線工事の連絡、おかしかったのは本人確認で免許証の写しかなんかで新住所のものをFAXして、ってそりゃ無理でしょとご納得いただいた。免許証にしても健康保険証にしても本人確認での住所は転入後でないとね。
 明日は鋭意、電気・水道・ガス・郵便関係を一気にやっつけようと決心。転居届けはオンラインでも可能だが郵便局も近いしパソコンはめんどうだ、あはは。

【チャイナ・アタック】
 ブログ更新している最中、またまたchinaからのF5アタック、ひとつ不思議に思っていることなのだが、なぜか「Moonlight-Serenade1944.mp3」という拙者が内緒のフォルダに保存しているグレン・ミラーのアルバム「Unforgettable Glenn Miller & His Orchestra」のトラックばかり狙ってくることで、2年ほど前から次々と異なるチャイナのホストからだけなのだ。
 訳があるなら知りたいところだが無理かなぁ。

【トラックバック機能】
 ブログシステムの一大特徴でもあったトラック・バック、まぁ便利に重宝されて利用されてる方もいるとは思うがスパムまがいの不快なリンクのオンパレードでブロックするのが一般的となり、もはや無用の長物の感もあったのだが、今日たまたま拙ブログへの海外ホストからのトラック・バックの試みを多数目にして、この機能を停止させることにした。よくよく考えるとさしたる効用があるとは思えないし。「Trackback(0)」の文字だけは飾りで残してみた。

【固定電話】
 今回の電話回線移転でいろいろと知ったことがあり、ひとつにやはりプロバイダのサービスするIP電話の「050」から始まる番号は公的な書類での自宅電話としてはいまひとつ認知されていないらしいということ。言われてみりゃ確かに住居と電話番号の関連付けはNTT地域電話番号でなけりゃ意味ない。実存が確認できないほど不確かなことはないわけで、これはこれで正しいことだわ。というわけで語呂の良い新番号を決めたのだった。

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2009年08月06日(木) No.2777 (ジャズ)
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生活の知恵。


 という程でもないが、この暑さゆえやたらと飲み物を摂るせいで寝ている間の発汗量には驚く。当然寝具に吸い込まれ朝起きてジトォ〜っとなってるシーツを見て考えた。無いわけじゃないのだから毎日換えりゃぁいいのではないかと、で早速交換、云う所の万年床でも随分と快適になるもんだ。3枚位を常時とっかえひっかえするのがいいなぁと今頃気が付いた。
 今朝は8時に起床するも2時間ほどで、シーツを交換したとたんにまた眠くなり結局午後2時まで寝入っていた。気温が28度くらいと低めでクーラーを止めても平気な温度だったが湿度が高い分、外はムッとする陽気の日曜日、来週は外出がちになるなと思いながら日がな一日ごろごろと部屋にこもる。

 例によって気紛れに観たドキュメンタリー番組、チェコスロバキアの近年の変革を俯瞰したものをやや暗い気持ちになって観ていた。地域格差で取り残されたかのような人々がこんなんじゃぁ以前の共産主義政権のほうがましだというのを聞いてこの手の他力本願、自助努力に欠ける民衆をも納得させ得る仕組みがはたして可能なのだろうかとしきりに考えたのだが彼の国に限ったことではなく我が国でも身近かにそういった方々というのはある比率で存在するのは避けられないことなのだろうが、その無知を利用してチカラにしようという悪人が必ず出てくるのだよなぁ。独裁国家や宗教国家は皆そうして成り立ってしまっている、自由より食い物をというわけで奴隷の幸福を願うのだが哀しいことには彼らにその先の抑圧された人生というものに思いが及ばぬことだ。自由など無くともイイヨと断言するしととどう向き合えば良いのかとつい考えてしまうのだが、幸い今にしてようやくその手の方々と接する事もなくなったことだし、あとは野となれ山となれだが生きてる間に万が一そんな世の中にまきこまれたらどうしてくれよかと、あらぬ妄想を描くばかりだ。

 移住計画は着々と進行、三重県の仮契約書類も届き、舎弟がわざわざ下見に行ってくれて、一度見ておいた方がイインデナイカイと云うも、行き当たりバッタリを信条とする拙者はもう止まらない、劣悪だろうがなんだろうが、取りあえず引っ越しすることで人様のチカラをお借りしてでも所持品を出来れば四分の一位まで減らしスリムになり、次の移転先を探すのだ。決して新たな天地が広がるなどとは思ってもいないのだが、孫子の代に何かを残すなどとは考えてもいない以上、終わりに向けてはそれこそトランク二つ分くらいの私物にまとめたいと思っているのだ。

STOP
【空に雲、山には緑、海にさざ波、紀伊・錦湾】

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2009年07月19日(日) No.2731 (ジャズ)
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時には・・・。


 先日来、首都圏脱出に向けて具体的な働きかけを始めたこともあり日々の行動がかなりアクティブになっている。遊びにしても昨日などはあれほど長時間を海辺でなどと、少しは歳を考えろよとも思わないでもないが、案の定、今日は午後2時半まで12時間も熟睡していたのだ。今週はもうどこにも出ないと決め午後は見つかったカーティス・フラーのアルバムをしみじみと聴く。サイトも6年目を迎えちっとは新作をとも考えるのだが、音楽は聴く方がよほど心地よいのでしゃぁないね。その快感をしのぐほどの衝動が無きゃオタマジャクシは並べられない。

♪〜wikiから。多くのバリエーションがある。
click

 で、フラーの演奏で以前はあまり気に留めていなかった黒人霊歌を採り上げた一曲、このベースとのデュオに甚く心惹かれ繰り返し聴いていた。題名の「Sometimes I Feel Like A Motherless Child」というのに引っかかり、あるいは自分の幼児体験にも関係するのかなぁとぼんやりと想いを馳せていた。
 幸いにというか物心付くころまでは両親に育てられた拙者ではあるがここ半年ほど3歳年下の弟と昔話をしていて、なぜか自分には病弱だった母親の記憶が希薄であることに不思議な感覚を覚えたものだが、かといってこの霊歌にあるMotherlessChildというのは奴隷制度の頃に商品として否応なしに母親から引き離された黒人の哀しさを詠っているのでそう易々と共感するのもおこがましいと思ったり、でも良くカウンセリングなどでステレオタイプ的に性格はかなりの部分が幼児体験に影響されるのだとか、巷でこれ見よがしにさらけ出される愛だのなんだのがもうひとつピンとこない自分を思い、時には感傷的になるのも良いなぁと考える自分はノー天気の鏡かも知れぬ。これで気分が落ち込むとかだとまだ可愛げがあるのだが。

♪〜フラーのMotherless-Child抜粋。

-----CDのご案内

wikiによると多くのバリエーションが存在し昔から好まれる理由として繰り返しの歌詞とメロディに一条の希望の光が感じられるということらしい。たしかに我がサッチモの唄うインタビューに答えながらのそれは明るい希望にあふれている。ガーシュインの名曲「Summer Time」にも通づる味わいだ。ゴスペルの伝統など無くとも十分感じ取れる。

STOP
【今日のニュースから】
_いくらリタイア、仕事は止めたといってももうちっとは世の中に目を向けなければしととしてイケナイんじゃないかと、報道番組に耳傾けたりするものの、このところの我がニッポンの政治状況には寒々しい思いしか出てこない。それほどに人材が居なかったということなのか不思議でならないのだが、よく街頭インタビューに答えたりする、いわば一般社会の壮年方々に、よほどまともな話をされるしとが居ることから、ひょっとしてなってはいけないダメな水準のしとが政治家になってしまったとしか考えつかぬのだが、選んだのは国民みんなだからどうにも天に唾する感じがして哀しいのだ。だいたいからして人相が押し並べてよろしくない。どなたかが口にしていた仁徳なり人徳は間違いなく表情に刻まれるものだと自分の経験則から断言できるのだが、政治というのはそれほど野卑な行いなのか、それとも権力というものが悪徳の素なのかと残念でならぬ。それと霞が関の面々だが優秀な方々も大勢いて、各国大使さんなどもほれぼれするような顔つきの御仁もいないではないが、なぜか出世レースのトップで出てくるような方はいつのまにやらの悪相になっている。政権交代で官僚政治を変えるなど、ホントなら日本史上革命的な出来ごとを前に、なぜか期待感が湧かないのは、交代する方の顔つきも似たり寄ったりのせいじゃないかと思っている。

【もひとつ哀しいこと】
 北海道の山岳ツアーでの遭難事故、参加した方々の年代を思うと、なんとも言いようのない哀しさが募る。一に問われるのはツアーを募集した旅行社と稚拙なガイドに尽きるのだが衆をたのんで参加しようと張り切ったおじいさん、おばあさんも無知の罪は避けられぬ。しかし、みぃ〜んな頑張っちゃうんだよなぁ、寒さってのは本当に怖いのだ。かといって非難する気はさらさらないのは、いつ何どき自分が似たような状況でオッチンじゃうかも知れんという思いもあるからだ。先日の志摩の山中深く迷い込んだときにも一瞬頭を過ったことだし、危ないね。


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2009年07月17日(金) No.2727 (ジャズ)
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おどろいた。


 今朝は7時起床、あぁ〜日が射しているなと空を見ていて俄然アクティブな感じがしてくる。チャッチャと朝食を済ませ、我ながら実にこの調理が手際良くなったと感心するのだが、たっぷりの野菜サラダとベーコン・エッグにあっさりとしたワカメと豆腐の味噌汁、それに納豆にご飯を一膳だ、今日は燃えるゴミの日だとあちこちかき集め、部屋着じゃ拙いと薄地のパーカーなんぞ羽織り、スリッポンを突っ掛けてぶらぶら表に出る。ほんとに良い天気だなぁとますます気分が良くなる。
 するとやはりというか、どっか行こうかな病が出てきて明日にでもまた三重の舎弟んちに転がり込もうと決めた。そして昼前にはこちらで行き来している数少ない知人に一応連絡を入れまたしばらく居ないからと、まぁ携帯電話時代ゆえ全国どこに居ても話は出来るのだからノー・プロブレムではある。
STOP







こちらは予備軍〜♪

♪〜バークレーも健在だぁ。



 午後になって調べることがあり検索しているうちにYoutube動画でバリトン・サックスのロニー・キューバー率いるMingus Big Bandの演奏を聴いて、あれれという感じですっかり聴き入ってしまった。

いやはや、驚いたのなんの、血沸き肉躍るといった思いがして可笑しかったのだがやっぱりジャズはこうだよなぁと、それから3時間近くも似たような演奏を聴く羽目に陥った。

 この咆哮する管楽器ってぇのは、やかましいと感じる方には申し訳ないが快感以外のなにものでもない、夢中になるはずだ。長い間忘れていたような感覚だった。

 なにより明らかなのは、この面々のサービス精神とは無縁というか観客なんぞ目にも入らぬといった自由な感じが音にも映像にも溢れていて、高らかに自己主張しているなぁと感じ入るのだが、まさしくジャズが反社会的と目される所以なのかも知れないと思った。だってこんなのが世の中の多数派を占めるなんてのは考えるだに恐ろしい世界だ、ぎゃはは。

 しかしながらこの低音が大好きというのは何なんだろうか。当代きってのバリトン奏者、ロニーの良く響く低音は本当に心地よい。それと知らなかったがこのミンガスバンドのTrbソロはJJの流れを感じる近頃では珍しい演奏に聴こえた。さらにこのアナーキーとも云える一団の演奏の中でケニー・ドリューだろうか、リリカルで実に美しいピアノの旋律が際立って溶け込んでいることにも驚いた。
ついでなので今は亡きチャールズ・ミンガスのオフィシャルサイトを見てみたのだが、常設のジャズ・クラブでの様子はやはりあまり好きなものではなかった、というよりあの疑似トランス状態というのが単に嫌いなのだ。
STOP
【マイケル・ジャクソンさん】
_昨日来、もちきりのニュースで、あまり関心がないことにコミットするのも憚られるのだが、音楽がらみということで云わずもがの一言を書かずにおれない。ジャクソン・ファイブの時からいやでも耳に入ってきていて、あの「スリラー」の頃には音楽に関心無かったと言っても社会現象にまでなっていたから聴いてはいたが単に好きでなかったとしか言いようもないのだ。同様にホラー映画なども同じ感覚で、そういや似たようなティストだなぁと感じるが、なるほど、「King of Pop」と言われるだけに拙者には縁遠いわけだ。しかし万民が驚喜するようなものを好きになれないというのも、もったいない事だとつくずく思うし疎外感すら覚えてしまうのだが今更だ。ただ彼が良く聴衆やファンに向かって云う「I Love You」は何ともチープで心が無かった様に感じられ米国文化の嫌いな部分でもあった、残念、わぁ〜世界中を敵に回しちまった・・・たいさん退散。

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2009年06月27日(土) No.2687 (ジャズ)
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フリー・ジャズ。


 今朝は6時に起きるも出かける気にはまったくならずに一日を過ごす。いつも拝見している北の超絶ジャズマニアであられる「dukeアドリブ帖」ブログ、そのウィットに富む語り口が大好きなのだが、今週の記事があのフリージャズの旗頭、「オーネット・コールマン」ということでふとその気になり、手持ちのレコード盤やテープを漁って見たのだがやはり一枚も残ってはいなかった。かろうじて残っていた当時を彷彿とさせるプレイヤーの物では、ドルフィーは別としてグラチャン・モンカー三世とユーゼフ・ラティーフのみが見つかったので、それこそ40年ぶりに聞いてみる。しかしそれらはそれほど破壊的な作品ではなく、どちらかというとバップに毛をはやした位のもので今聞くと十分に大人しく美しくもある。時折あらわれるフリーの部分はスパイスとしての効果音のようでもあった。

 コールマンのサウンドをすっかり忘れていることからYoutubeで何曲か聴いてみた。1958年頃から数年間の先鋭的な活動の後もしっかりとジャズシーンに残り意外とメジャーな活動をしていたということも判った。面白く感じたのは1988年頃のラテンリズムでの演奏で艶やかで鋭いアルトサックスの音色でビーバップに回帰したかのようなアドリブを展開していたことだ。数年前に知ったのだが我が国でもフリージャズの流れは途絶えることなく引き継がれ何人かの優れた表現者が出てもいる。フリージャズの愛好家は決して多くはないのだがこの幅広い音楽の世界の一翼を担っているということではコールマンの功績を認めざるを得ないのだ。

 ちなみに拙者が意図的にか無意識にかフリージャズを遠ざけるようになったのは「身の破滅」ということが頭に浮かんだせいだと思い出した。気分良く聴いてる分にゃぁ問題ないがあんなもの追求した日にゃ、壁にペンキをぶちまけて納得出来る絵づらを求めるようなもんだと恐れをなした思いがある、投げる人間が自分じゃね、あはは。

 今日は妙な体験をしてしまった。ユーゼフ・ラティーフのフルート曲を聴きながら居眠りしていて夢の中であろうことかこのブログ記事を一度タイプし終わっていたのだ。少し長文なのでスクロールして読み返そうとして良く見えないのでプリントアウトしたところまで覚えていたのだが、目覚めてからプリンターに出ていなくて、あぁ夢だったと判ったのだ。観念上で遊ぶ分には夢も現実もあったものじゃないな。
STOP

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2009年05月29日(金) No.2617 (ジャズ)
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りきんでしまった。


 今日は半年毎の歯医者さんでの定期健診、ここにきてようやく医療器具も代替わりをしているようでレントゲン画像なども直ぐに目の前のタッチパネル式モニターに映ったりして、すごいというか気持ち悪い、あはは。OSはvistaだったなぁ。んなこと思いながら歯の大掃除、例のキィィ〜ン音は心持ち小さくなったっが、つい力んでしまう。下の歯を終えたところで約30分経過していて、上は次回にしましょと云われホットしたのもつかの間、遠くにいた院長先生が上歯も続けて今日一日だけにしましょうと云うものだから、勘弁してくださいとお願いして来週にしてもらった。まったくもって情けないこととは思うがあれだけリキんじゃうとくたびれちゃうんですよぉ〜。

 傍がツタヤだったので懲りずにDVDのマトメレンタル、前回はこれといったヒットが無かったので、今度こそ。だはっ。ついでにスーパーで食料品の買い出し、安売りがブームのようで一律100円セールみたいのをやっていた。かなしいかな普段の値段を良く知らないので安いかどうかは判断しかねるのだがたぶんお得なんだろうとあれもこれもとバケットに放り込む。
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 話かわって、ジャズ。このところ一月近くピアノ曲に憑かれたようにはまりこみ、しかもそれがクラシカルなもので久しくジャズから離れていて、これはいかんと思っている矢先、「珈琲パウエル」ご主人のwebサイトでセロニアス・モンク四重奏団のアルバム「ミステリオーソ」がピックアップされていたので、たしか所持してあったはずと探しまくったのだが、これがナイッ。間違いなく購入して四六時中聴いていたLPだったのにと思ったのだが、そういやぁモンクのアルバムが一枚も見当たらないのだ。おしいことしたもんだ、まとめて処分しちゃっていたのだ。

 このアルバムの冒頭の「ナッティ」というのが大のお気に入りでジョニー・グリフィンのテナー・サックスやマリクのベース、ヘインズのドラムはバップはこうでなくちゃと聴き入ったもんだ。主役のモンクのピアノはユニーク過ぎて参考にするにはちと無理だったが、まさに絵画のピカソのごとくで特異な感性のジャズマンだったとしか言いようがない。

 というわけで、深遠なるクラシックの世界にハマりこんで溺れる前に、刺激的なジャズの世界に這い上がるがごとく舞い戻ってきた一日となった、ぎゃはは。

♪〜あらぶるテナー・サックス・・


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2009年05月20日(水) No.2597 (ジャズ)
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豪勢なサウンド。


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♪〜I'm A Dreamerさわり・・
・・・・・・・・

 外に出るのも儘ならず無聊をかこっていたのだが、ふと注文していたCDが届いているはずと郵便受けを見にいったところ案の定、チラシ類の重なり具合から察するに、昨日には届いていたもののようだった。早速封を切り聴いてみたのだがこのジョニー・マンデルの編曲によるサウンドは予想に違わない豪華なもので、これが1959年の録音で参加メンバーが皆当時のウエストコースト・ジャズの一流どころとあって、心地良いことったらありゃしない。願わくは、当時の録音技術ではなく、21世紀のそれでレコーディングしたならどれほどのサウンドになるものか聴いてみたいものだ。

 アルバムの主役はゴギ・グラントさんというTV時代の女性シンガーということで、生憎と拙者の嗜好とは異なる分野なのだが、その歌声は本当に素晴らしく美しいものだった。

 これを聴いていて思ったのは自分の音楽嗜好が器楽演奏によくよく偏っているなぁということで、クラシックの場合でもミュージカルなんかでも歌をとばして聴いていることがほとんどだ。ワーグナーやベルディでもそうなんだからかなり損をしているとも云える。シトの声を忌避するようななにかがあるのかも知れないのだが、先日来のダイナ・ワシントンやエラ、アニタ・オディやビリー・ホリディなど、とりつかれるがごとく聴いてしまうこともある。どうやら声楽は拙者の頭の中の音楽の辞書からスポイルされているらしく、どちらかというとポエムを噛みしめるがごときなのだ、とほほ。
 そういやぁ、オンギョクという言葉に対してシイカなんてのがあるくらいだから格別に変ということでもないのかも知れない。なんにせよ片寄るというのは視野が狭いというか聴野が狭いということだが、そんな言葉はないか。
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2009年02月26日(木) No.2412 (ジャズ)
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