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ブログ風「しんじワールド」

なんでもありの気分転換サイト日記。。。
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〜BGMはいかが〜 今週は「orphee」

7月1日で[335024]


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♪〜ときには生命(いのち)の息吹を。。試聴!
魂が音になる・・◆フルート・笛:横田年昭さん
こちら「Youtubeバージョン」


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チェット・ベーカー。


 今朝は5時と早起き、南伊勢方面に釣行のつもりだったがぐだぐたしているうちに出かける気が失せインドアに徹する。昨日からずぅ〜っと掛け続けている音楽、ジャズからクラシック、ラテン、ロックと様々なのだが今一番しっくりくるのはなんといってもチェット・ベーカーの何曲かだ。特に1987〜88年にかけてのヨーロッパツアーでのウイズ・ストリングスにはえもいえぬ安らぎを感じる。気負ったところがこれっぽっちもなく淡々と奏でるアドリブがあたかも広い河原なんぞでただ一人楽器を練習しているかのよう聴こえるのだ。以前にもあったことだが、このチェット・ベーカーにハマるとレコードを停めた後も延々と頭の中に彼のフレーズが流れ続け、夢か幻かというふわふわした感じの時間が過ぎる。
 
 で、ふと我に返り土曜日に放映されている釣り番組2本を観る。今日はいずれも磯のグレ釣りだったので食い入るように見たのだがあまり変わり映えもしない内容なのは残念、折角高性能の水中カメラが発達しているのだからもっとお魚の様子を観たいものだがあまり解かってしまうのもアソビとしちゃぁつまらないかも知れないな。STOP


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2009年12月19日(土) No.3055 (ジャズ)
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のんびり日曜日。


 今朝は8時起床、雲が残っていたが良い天気になりそうだと思いながら窓のカーテンを全開、コンクリート造りのマンションは外の寒さと無縁でラクチンなものだ。補修と手入れを終えた釣り道具を元の位置に片付けついでに何枚かのLPレコードを引っ張り出し今日は何もしないぞと決めながらもつい海水槽の掃除なぞやっていた。

 お昼はトースト一枚にミルクとサラダ、食べ終わった頃にサムイ寒いと云いながら舎弟が顔を出し、いつものようにドリップコーヒーを入れて、商品券持って釣具屋に行くんじゃなかったのと、記憶の良いこと、今日は出ないといって話題は司馬遼太郎さん原作のNHKドラマ「坂の上の雲」のことに。
 昨日の午後だったか偶然衛星放送かなんかで第一回目の再放送がされていて終わりのほうを5分ばかり拝見していたので、スタッフといい役者といいロケにもお金をかけてなかなかの力作ではないかと言うと、よほど原作に感銘を受けていたのか、兄貴は映像やCGなどのテクニックに目が行き過ぎてやしないかと手厳しい、なるほどね、文章・文字に込められた意味合いというのは他の表現の追従を許さないくらいイマジネーションを掻きたてるものだから読書子の言い分は間違いじゃないだろうな。
 そのうちでも彼が一番気に入っていた部分は丁度拙者が見たあたりで、主人公の兄のとんでもなく厳しい躾けで、なかでも自分の考えも定かでないのに新聞なんぞ読むなと怒る箇所、あれが司馬さんの言いたかったことに違いないと、さらには質素で私物は最小限にというのも我々があふれんばかりの物を手にして感じたつまらなさを思うと司馬さんの人気が高いのは納得がいく。確かに明治期、極東のちっぽけな島国が先進諸国に追いつこうとしたときに、このような志をもった気高い人物が大勢いたというのは幸いなことで、税金を食いつぶすなんてアホなことは考える暇も無かったろうね。
STOP
【今日はレコードを】

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 押入れのダンボール箱から無作為に取り出した数枚のアナログ・レコード、どれも何十回となく聞き古したものだがジャケットの鮮やかさに惹かれ最初に掛けたのがマイルス・デイビスのビッチェズ・ブリュー、しかしこれはワン・トラックと聴けなかった。思えばこのLP以降彼の演奏を敬遠するようになったのだから大失敗だ。


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 次は良かったなぁ〜、大好きなジェイ・アンド・ケイの「バーニーズ・チューン」の入っているやつ、いつ聴いてもわくわくしちまう。名演奏の極みだ。思うに演奏家の録音作品というのはまこと記録ということに留まらず、瞬時に消え行く儚いものを繰り返し鑑賞することを可能にしてくれるということで、これ無くしてジャズは芸術とは成りえなかったろうなぁとぼんやり考える。あたかも中世の名画を観るかの様で先々聴かれ続けられるとは思うのだが悩ましいのは1950年代の音質が芳しくないものの行く末だ。それでも痛んだフレスコ画のように珍重されるのかなぁ。




♪〜「Stardust」のさわり・・・

オリジナル音源CD


 ともあれもう一枚がマーキュリー・レコードがシリーズ化してプレスしていた「アーティストリー オブ クリフォード・ブラウン」、ニール・ヘフティの手になるウイズ・ストリングスの「スター・ダスト」と「ブルー・ムーン」、しみじみいいなぁ〜と聴き惚れる。そういえばしばらくストリーミングの作業してないし忘れちゃいけないとケーブルを接続して試聴プレイヤーを埋め込んでみた。ついでにmp3加工ソフトも触っていなきゃ忘れてしまうのでいじってみる。
音楽がメインのサイトだったのにブログのほうはいつの間にか釣りやら調理やらアクアリウムが幅を占めてなんとも取りとめのないことかと今更に思うが気の向くままなのでしょうがない。
STOP


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2009年12月06日(日) No.3033 (ジャズ)
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ステラ・バイ・スターライト


 心つもりでは明日にでも一週間の予定で三重県に出かけるはずだったが昨日、今日と思ったように事が運ばず木曜日あたりまでの延期を決める。どうにもグータラする時間が予想以上に多く、引越しまであと2週間を切ったというのに出来ていない事が多過ぎる。
 今日なども持ってゆくLPレコードをダンボールに詰めようとしながら、JJジョンソンのアルバムを、延々と聴いていたりして、そんなばやいじゃ無いだろうと思ったり、まぁお気楽といやぁお気楽だ。

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♪〜Stella By Starlight抜粋。




 毎週テーマを絞っての、北の大地のジャズ・ブログ「dukeアドリブ帖」今週はスタンダードナンバーとして名高いビクター・ヤング作曲の「Stella By Starlight」で皆さんがこれぞという名演奏を上げられていたのだが、なぜか珍しく拙者が心酔しておったJJジョンソンのアルバムがあがっておらず、あれれということで、35年ぶりにスクラッチ・ノイズをものともせずに聴いてみて驚いた。確かに歴史に残るような名演ではなかったのだなぁと妙に納得してしまったのだが、これってファンとしては根性がヤワだとしか言えないな。

 拙者は35年も前の感動をそのままに引きずってきていたわけだが、やはり真っ当なジャズファンはそのへんを精査しておるという事に思い至った。クラシック作品でもそうだが100年200年と残る名作はそうしてふるいに掛けられた結果なのだと思う時、音楽の嗜好は個人の勝手というもののより多くのしとに支持されるものこそ名作として残るという単純な事実にたどり着く。

 それにしてもこのJJのステラ、間違いなく我が青春の1ページを埋め尽くした一曲ではあったなぁ〜(トォーイ目)。ついでなので能書きを言うと、あの頃ってぇのはテーマ曲のコード進行に乗っかって自由自在に即興でメロディをつむぎ出すモダンジャズ・プレイヤーが世の中で一番上等な人種にさえ思っていたくらいだから今にして思うにノー天気で世間知らずの極みでもあったわけだ。その名残は消えることなく頭の片隅には一生残るんだろうなぁとも思うが嫌なことではない。

STOP_

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2009年08月15日(土) No.2803 (ジャズ)
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突然やってくる。


 昨夜は早い時間から横になっていていつの間にか寝てしまい、夜中の12時頃に起床、出来れば今日か明日の一日を釣りにしたかったが、天気予報で湘南の海に強雨と出ているので、もう今週は外出しないと決め、それではと、変な時間だったが何故か温野菜のサラダを作ろうと思い立つ。これを冷やしてごまだれのドレッシングをかけて食べようと思ったのだ。

 下ごしらえをしながらBGM代わりにかけていたBSテレビの深夜劇場でメル・ギブソン主演の映画「What Women Want」から聞こえてくるジャズ・ボーカルの「マック・ザ・ナイフ」が御機嫌でオヤッとばかりに少しボリュームを上げ、その中盤での長尺なサウンド・トラックを聞いている内に、キタキタきたきた〜という感じで頭の中がオタマジャクシでいっぱいになる。
 調理しながら離れて聞いていたので誰の演奏かは解からずじまいだったが、以前DTMで途中まで作りだしてもいて、もともと大好きだった曲なのだが、大編成のジャズバンドにストリングスも入れ快適にスイングさせるつもりが、どうも楽器で歌わせてももうひとつ感じが出なくて放り出していたのだった。が、今日はそれこそ突然にサウンド・イメージがはっきりしたのだ。なんと良いタイミングか、それこそ音楽の女神に後ろ目隠しでもされたかの心地、うまく完成できるといいなぁ〜♪。
STOP_そういやぁ、このところ釣りと移住のことばかりでちっともジャズの記事がないなぁと思いながらも、頭に浮かばないんだからしょうがない。でも今日みたいになると、まるでヨミガエッタかのようで自分にお帰りえりなさいと言いたくもなるのが嬉しい感じだ。
STOP_しかしやはり朝になってから眠くなり3時間ほど熟睡、お昼に電話で起きる。そのうちの一件は引越し業者からで、とりあえずの段ボールを持ってきてくれるという。直前までは手を着けようと思わないのだが、まぁあるに越したことはない。だはっ、いよいよなんだとまたまた引越しモードに引き戻されちまった。それとNTT西日本さんの回線工事の連絡、おかしかったのは本人確認で免許証の写しかなんかで新住所のものをFAXして、ってそりゃ無理でしょとご納得いただいた。免許証にしても健康保険証にしても本人確認での住所は転入後でないとね。
 明日は鋭意、電気・水道・ガス・郵便関係を一気にやっつけようと決心。転居届けはオンラインでも可能だが郵便局も近いしパソコンはめんどうだ、あはは。

【チャイナ・アタック】
 ブログ更新している最中、またまたchinaからのF5アタック、ひとつ不思議に思っていることなのだが、なぜか「Moonlight-Serenade1944.mp3」という拙者が内緒のフォルダに保存しているグレン・ミラーのアルバム「Unforgettable Glenn Miller & His Orchestra」のトラックばかり狙ってくることで、2年ほど前から次々と異なるチャイナのホストからだけなのだ。
 訳があるなら知りたいところだが無理かなぁ。

【トラックバック機能】
 ブログシステムの一大特徴でもあったトラック・バック、まぁ便利に重宝されて利用されてる方もいるとは思うがスパムまがいの不快なリンクのオンパレードでブロックするのが一般的となり、もはや無用の長物の感もあったのだが、今日たまたま拙ブログへの海外ホストからのトラック・バックの試みを多数目にして、この機能を停止させることにした。よくよく考えるとさしたる効用があるとは思えないし。「Trackback(0)」の文字だけは飾りで残してみた。

【固定電話】
 今回の電話回線移転でいろいろと知ったことがあり、ひとつにやはりプロバイダのサービスするIP電話の「050」から始まる番号は公的な書類での自宅電話としてはいまひとつ認知されていないらしいということ。言われてみりゃ確かに住居と電話番号の関連付けはNTT地域電話番号でなけりゃ意味ない。実存が確認できないほど不確かなことはないわけで、これはこれで正しいことだわ。というわけで語呂の良い新番号を決めたのだった。

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2009年08月06日(木) No.2777 (ジャズ)
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生活の知恵。


 という程でもないが、この暑さゆえやたらと飲み物を摂るせいで寝ている間の発汗量には驚く。当然寝具に吸い込まれ朝起きてジトォ〜っとなってるシーツを見て考えた。無いわけじゃないのだから毎日換えりゃぁいいのではないかと、で早速交換、云う所の万年床でも随分と快適になるもんだ。3枚位を常時とっかえひっかえするのがいいなぁと今頃気が付いた。
 今朝は8時に起床するも2時間ほどで、シーツを交換したとたんにまた眠くなり結局午後2時まで寝入っていた。気温が28度くらいと低めでクーラーを止めても平気な温度だったが湿度が高い分、外はムッとする陽気の日曜日、来週は外出がちになるなと思いながら日がな一日ごろごろと部屋にこもる。

 例によって気紛れに観たドキュメンタリー番組、チェコスロバキアの近年の変革を俯瞰したものをやや暗い気持ちになって観ていた。地域格差で取り残されたかのような人々がこんなんじゃぁ以前の共産主義政権のほうがましだというのを聞いてこの手の他力本願、自助努力に欠ける民衆をも納得させ得る仕組みがはたして可能なのだろうかとしきりに考えたのだが彼の国に限ったことではなく我が国でも身近かにそういった方々というのはある比率で存在するのは避けられないことなのだろうが、その無知を利用してチカラにしようという悪人が必ず出てくるのだよなぁ。独裁国家や宗教国家は皆そうして成り立ってしまっている、自由より食い物をというわけで奴隷の幸福を願うのだが哀しいことには彼らにその先の抑圧された人生というものに思いが及ばぬことだ。自由など無くともイイヨと断言するしととどう向き合えば良いのかとつい考えてしまうのだが、幸い今にしてようやくその手の方々と接する事もなくなったことだし、あとは野となれ山となれだが生きてる間に万が一そんな世の中にまきこまれたらどうしてくれよかと、あらぬ妄想を描くばかりだ。

 移住計画は着々と進行、三重県の仮契約書類も届き、舎弟がわざわざ下見に行ってくれて、一度見ておいた方がイインデナイカイと云うも、行き当たりバッタリを信条とする拙者はもう止まらない、劣悪だろうがなんだろうが、取りあえず引っ越しすることで人様のチカラをお借りしてでも所持品を出来れば四分の一位まで減らしスリムになり、次の移転先を探すのだ。決して新たな天地が広がるなどとは思ってもいないのだが、孫子の代に何かを残すなどとは考えてもいない以上、終わりに向けてはそれこそトランク二つ分くらいの私物にまとめたいと思っているのだ。

STOP
【空に雲、山には緑、海にさざ波、紀伊・錦湾】

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2009年07月19日(日) No.2731 (ジャズ)
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時には・・・。


 先日来、首都圏脱出に向けて具体的な働きかけを始めたこともあり日々の行動がかなりアクティブになっている。遊びにしても昨日などはあれほど長時間を海辺でなどと、少しは歳を考えろよとも思わないでもないが、案の定、今日は午後2時半まで12時間も熟睡していたのだ。今週はもうどこにも出ないと決め午後は見つかったカーティス・フラーのアルバムをしみじみと聴く。サイトも6年目を迎えちっとは新作をとも考えるのだが、音楽は聴く方がよほど心地よいのでしゃぁないね。その快感をしのぐほどの衝動が無きゃオタマジャクシは並べられない。

♪〜wikiから。多くのバリエーションがある。
click

 で、フラーの演奏で以前はあまり気に留めていなかった黒人霊歌を採り上げた一曲、このベースとのデュオに甚く心惹かれ繰り返し聴いていた。題名の「Sometimes I Feel Like A Motherless Child」というのに引っかかり、あるいは自分の幼児体験にも関係するのかなぁとぼんやりと想いを馳せていた。
 幸いにというか物心付くころまでは両親に育てられた拙者ではあるがここ半年ほど3歳年下の弟と昔話をしていて、なぜか自分には病弱だった母親の記憶が希薄であることに不思議な感覚を覚えたものだが、かといってこの霊歌にあるMotherlessChildというのは奴隷制度の頃に商品として否応なしに母親から引き離された黒人の哀しさを詠っているのでそう易々と共感するのもおこがましいと思ったり、でも良くカウンセリングなどでステレオタイプ的に性格はかなりの部分が幼児体験に影響されるのだとか、巷でこれ見よがしにさらけ出される愛だのなんだのがもうひとつピンとこない自分を思い、時には感傷的になるのも良いなぁと考える自分はノー天気の鏡かも知れぬ。これで気分が落ち込むとかだとまだ可愛げがあるのだが。

♪〜フラーのMotherless-Child抜粋。

-----CDのご案内

wikiによると多くのバリエーションが存在し昔から好まれる理由として繰り返しの歌詞とメロディに一条の希望の光が感じられるということらしい。たしかに我がサッチモの唄うインタビューに答えながらのそれは明るい希望にあふれている。ガーシュインの名曲「Summer Time」にも通づる味わいだ。ゴスペルの伝統など無くとも十分感じ取れる。

STOP
【今日のニュースから】
_いくらリタイア、仕事は止めたといってももうちっとは世の中に目を向けなければしととしてイケナイんじゃないかと、報道番組に耳傾けたりするものの、このところの我がニッポンの政治状況には寒々しい思いしか出てこない。それほどに人材が居なかったということなのか不思議でならないのだが、よく街頭インタビューに答えたりする、いわば一般社会の壮年方々に、よほどまともな話をされるしとが居ることから、ひょっとしてなってはいけないダメな水準のしとが政治家になってしまったとしか考えつかぬのだが、選んだのは国民みんなだからどうにも天に唾する感じがして哀しいのだ。だいたいからして人相が押し並べてよろしくない。どなたかが口にしていた仁徳なり人徳は間違いなく表情に刻まれるものだと自分の経験則から断言できるのだが、政治というのはそれほど野卑な行いなのか、それとも権力というものが悪徳の素なのかと残念でならぬ。それと霞が関の面々だが優秀な方々も大勢いて、各国大使さんなどもほれぼれするような顔つきの御仁もいないではないが、なぜか出世レースのトップで出てくるような方はいつのまにやらの悪相になっている。政権交代で官僚政治を変えるなど、ホントなら日本史上革命的な出来ごとを前に、なぜか期待感が湧かないのは、交代する方の顔つきも似たり寄ったりのせいじゃないかと思っている。

【もひとつ哀しいこと】
 北海道の山岳ツアーでの遭難事故、参加した方々の年代を思うと、なんとも言いようのない哀しさが募る。一に問われるのはツアーを募集した旅行社と稚拙なガイドに尽きるのだが衆をたのんで参加しようと張り切ったおじいさん、おばあさんも無知の罪は避けられぬ。しかし、みぃ〜んな頑張っちゃうんだよなぁ、寒さってのは本当に怖いのだ。かといって非難する気はさらさらないのは、いつ何どき自分が似たような状況でオッチンじゃうかも知れんという思いもあるからだ。先日の志摩の山中深く迷い込んだときにも一瞬頭を過ったことだし、危ないね。


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2009年07月17日(金) No.2727 (ジャズ)
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おどろいた。


 今朝は7時起床、あぁ〜日が射しているなと空を見ていて俄然アクティブな感じがしてくる。チャッチャと朝食を済ませ、我ながら実にこの調理が手際良くなったと感心するのだが、たっぷりの野菜サラダとベーコン・エッグにあっさりとしたワカメと豆腐の味噌汁、それに納豆にご飯を一膳だ、今日は燃えるゴミの日だとあちこちかき集め、部屋着じゃ拙いと薄地のパーカーなんぞ羽織り、スリッポンを突っ掛けてぶらぶら表に出る。ほんとに良い天気だなぁとますます気分が良くなる。
 するとやはりというか、どっか行こうかな病が出てきて明日にでもまた三重の舎弟んちに転がり込もうと決めた。そして昼前にはこちらで行き来している数少ない知人に一応連絡を入れまたしばらく居ないからと、まぁ携帯電話時代ゆえ全国どこに居ても話は出来るのだからノー・プロブレムではある。
STOP







こちらは予備軍〜♪

♪〜バークレーも健在だぁ。



 午後になって調べることがあり検索しているうちにYoutube動画でバリトン・サックスのロニー・キューバー率いるMingus Big Bandの演奏を聴いて、あれれという感じですっかり聴き入ってしまった。

いやはや、驚いたのなんの、血沸き肉躍るといった思いがして可笑しかったのだがやっぱりジャズはこうだよなぁと、それから3時間近くも似たような演奏を聴く羽目に陥った。

 この咆哮する管楽器ってぇのは、やかましいと感じる方には申し訳ないが快感以外のなにものでもない、夢中になるはずだ。長い間忘れていたような感覚だった。

 なにより明らかなのは、この面々のサービス精神とは無縁というか観客なんぞ目にも入らぬといった自由な感じが音にも映像にも溢れていて、高らかに自己主張しているなぁと感じ入るのだが、まさしくジャズが反社会的と目される所以なのかも知れないと思った。だってこんなのが世の中の多数派を占めるなんてのは考えるだに恐ろしい世界だ、ぎゃはは。

 しかしながらこの低音が大好きというのは何なんだろうか。当代きってのバリトン奏者、ロニーの良く響く低音は本当に心地よい。それと知らなかったがこのミンガスバンドのTrbソロはJJの流れを感じる近頃では珍しい演奏に聴こえた。さらにこのアナーキーとも云える一団の演奏の中でケニー・ドリューだろうか、リリカルで実に美しいピアノの旋律が際立って溶け込んでいることにも驚いた。
ついでなので今は亡きチャールズ・ミンガスのオフィシャルサイトを見てみたのだが、常設のジャズ・クラブでの様子はやはりあまり好きなものではなかった、というよりあの疑似トランス状態というのが単に嫌いなのだ。
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【マイケル・ジャクソンさん】
_昨日来、もちきりのニュースで、あまり関心がないことにコミットするのも憚られるのだが、音楽がらみということで云わずもがの一言を書かずにおれない。ジャクソン・ファイブの時からいやでも耳に入ってきていて、あの「スリラー」の頃には音楽に関心無かったと言っても社会現象にまでなっていたから聴いてはいたが単に好きでなかったとしか言いようもないのだ。同様にホラー映画なども同じ感覚で、そういや似たようなティストだなぁと感じるが、なるほど、「King of Pop」と言われるだけに拙者には縁遠いわけだ。しかし万民が驚喜するようなものを好きになれないというのも、もったいない事だとつくずく思うし疎外感すら覚えてしまうのだが今更だ。ただ彼が良く聴衆やファンに向かって云う「I Love You」は何ともチープで心が無かった様に感じられ米国文化の嫌いな部分でもあった、残念、わぁ〜世界中を敵に回しちまった・・・たいさん退散。

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2009年06月27日(土) No.2687 (ジャズ)
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