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ブログ風「しんじワールド」

なんでもありの気分転換サイト日記。。。
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〜BGMはいかが〜 今週は「orphee」

7月1日で[335024]


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♪〜ときには生命(いのち)の息吹を。。試聴!
魂が音になる・・◆フルート・笛:横田年昭さん
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早起きし過ぎかな?


比較的ハイな一日の後は早めに寝ようと眠剤の助けを借りて横になり寝ようとするが、2時間経っても寝付かれない。BGMに大好きな曲を流しているのがいけないのかなぁ。抗鬱剤のせいで、悲観的な感情はとてもなくなっているこの頃なのに、どういうことなのか。自称「自由人」を自負する人格のせいなのか。ごく一般的なサラリーマンと振舞っているのがいけないのかどうか。思えば自我に目覚めたころから上司とか上役など歯牙にも感じることがなく、創ること・自己表現のみに「自己満足」を求めて止まない性分であった。

もちろんその「自己満足」なるものの中身が人としての規範にはずれるようでは問題外とはおもうが。日常的な仕事でもA4版のドキュメント一枚書くのでも
余白とかバランスにこだわってしまう。

これらは「バランス」の良くとれた人格者や組織に身を投じて「つつがなく」生きている方。あるいは「根源的に生きている」お百姓さんや憧れの漁師さんなど、生業に「相手が自然」ということで、私見ではあるが幸・不幸について「折り合いが比較的」就きやすいのではないのかと思ったこともある。

翻って、自分を考えるに、どうにも物心付いた時(10才の頃から)やみくもに
自己表現が最大の感心事で、目的は「自己満足」のみ。昔から良く読んでいた「四書五経」「論語」あるいは多くの哲学書、宗教書いずれも「自己満足」は人類社会ではどちらかというと蔑まれ、「善」では無いような物言いに思われる。「六十にして耳従えど則を越えず」とゆきたいものだが、無理かな。
世の偉大な業績、誰もが賞賛してやまない慈善事業。歴史に残る作品。
これらは、絶対実行者の「自己満足」が根源にあると思うにだが。

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そして、それに対する評価や、どうこうというのは表現者の生活とか地位、名誉に反映されることもあったりするだろうが、表現者の「自己満足」とはまるで異次元の事と思っている。

「自己満足」こそ個人の生きていくうえでの『最大の活力』と考える筆者に、それは違うという「優しい解説」を切に望んでおります。もう2:00をまわってしまった。エラの「My Funny Valentaine」なんとも優しい歌唱表現で、じつに心洗われる。もう寝よう。
2006年07月03日(月) No.239 (雑感)
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